【アクセス】 地図 【概要】 今から約250年ほど前の宝暦、天明、天保の時代に、数度に亘る冷害や大凶作によって数万人ともいわれる多くの人が亡くなりました。この人々を供養するため、伊達家第七代重村公夫人の観心院が広瀬橋のたもとに桃源院を開基し、灯ろう流しを始めたと伝えられています。 戦後は花火大会も同時に開催されるなど、「夏の風物詩」として昭和53年(1978年)まで市民に親しまれてきました。その後、社会情勢の変化などにより、中断されましたが、平成2年(1990年)、長町、南材地区の商店会、町内会が中心となり復活し現在に至ってます。
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