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第1章 広瀬川のこれまでと現在

1-3 広瀬川の魅力

 1-3-1 大自然との連結

 広瀬川は、奥羽山脈から分岐する生態系ネットワークとしての川筋を有しています。植物に関しては、上中流域に広がる広葉樹林から下流域の湖沼の水生植物、河口部の海岸砂丘植物などがみられ、動物に関しては、猛禽類の生息に加え、日本固有種のカジカガエル、天然記念物のニホンカモシカなども生息し独特の生態系が息づいています。

 1-3-2 街に近い自然

 広瀬川は、市街地と近接しながらも、中流域の蛇行する形状や切り立った崖などの自然度の高い河岸を有しています。霊屋下の広瀬川河床に点在するセコイヤ化石林は、今から約300万年前(第三紀鮮新世)に生育していた森林の立木が、多量に流れてきた火山灰の下に埋まって、そのまま珪化木(地中で珪酸に化した木)や埋木(長く地中に埋もれ炭化した木、亜炭の一種)になって残ったものです。このように完全に近い形で保存されている例は世界でも珍しく、非常に貴重なものです。それらに触れながら生活する市民は、広瀬川を「心を解き放てる唯一の友」(「広瀬川への手紙」より)とも呼び、「豊かな自然に感動する心を取り戻せた」(「広瀬川への手紙」より)などとも感じています。

 1-3-3 発展の礎

 広瀬川の水こそが、特に藩政期以降から現在に至る仙台市の発展を支えてきたのだと言えます。今なお、仙台市の産業や農業など人々の暮らしは、その多くを広瀬川に依存しています。

 1-3-4 仙台のイメージ・シンボル

 市民アンケート調査の結果から、仙台市民が共通して持っている広瀬川のイメージは、「宮城県で有名」「好き」「身近にある」「近づき易い」「穏やかな」「景観が美しい」などであることが分かりました。広瀬川に関心を持つ人は、「大いに関心がある」と「ある程度関心がある」を合わせ、市民全体の6割弱程度であることが分かっています。反面、関心がない人の理由としては、「自分の仕事や生活と関わりが少ないから」「自分の家から遠くにあるから」「よく知らないから」などがあげられています。

 また、多くの市民が「広瀬川は仙台市のシンボルである」「仙台市民の多くは広瀬川に愛着を持っている」と考えていますが、「仙台市民は広瀬川を大切にしている」「広瀬川の保全・活用に関する市民活動が活発である」と考えている市民は少ない結果となっています。

 1-3-5 市民活動のフィールド

 広瀬川固有の自然環境に注目し、その清流を守りたい、そこからもっと学びたい、もっと親しみたいと考える市民の活動は、1960年代から積み重ねられてきました。その活動の広がりは年々大きくなり、多様な視点を持つようになってきました。

 1-3-6 年中行事の舞台

 広瀬川は昔から変わらずに、市民の憩いと楽しみの舞台となっています。年中行事として行われているものには、仙台七夕花火祭、広瀬川灯ろう流し、市民吟行会や市民探鳥会、7月解禁のアユ漁などがあります。

 1-3-7 仙台の風土を育む河川

 広瀬川は、源流から河口までが1つの行政区域である仙台市の中で完結しています。広瀬川を守り、親しみ、そして活かす事業を展開し、市民行政協働を実践するシステムを構築するにあたり、その点を最大限に活用していくことができます。


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