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私の広瀬川インタビュー

広瀬川に関心がない人たちにできるだけ広瀬川へ目を向けてもらえるよう、市民にとって身近に感じられる仙台市に関係の深い著名人に、広瀬川との関わり、想い等を語ってもらいます。
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第2回目 瀬名秀明さん
瀬名秀明さん
平成15年12月19日(金)
13:00〜14:30 瀬名秀明仙台事務所

聞き手:仙台市企画局企画調整課

『子どもの頃の川の想い出』
聞き手
 瀬名さんは、生命科学、人工知能、歴史物など、様々なテーマについて本を書かれていますが、その好奇心がすごいなと思います。
瀬名さん
 僕の専門は薬学なので、生命科学系が主になるのですが、たまたまある出版社の方から同じ理科系だからロボットのことも分かるだろうと言われ、それからいろいろ書くようになりました。
ところで、僕の出身が、静岡の瀬名という町で、その町の名前をペンネームにしました。もともと僕の名前は鈴木という名前なんですけれども、ありふれた名前だから本を書くときには良くないということになりました。そういう時には、たいてい山とか川とか町の名前をとってペンネームにすることが多いんです。ですから、そのうち「広瀬川・・・」という名前の作家が出るかもしれませんね。
聞き手
 瀬名という地名ですと、川沿いになるのでしょうか。
瀬名さん
 家の近くには長尾川という小さい川があり、これが山の方まで続いていました。あと、静岡だと安倍川や大井川などありますね。子どもの頃は、川沿いで遠足とかありましたし、川の想い出というのはいろいろあります。
 また、僕は"ちびまる子ちゃん"の世代なんですね。これは、静岡県の清水市が舞台で、非常にローカルなネタがたくさんあるんですが、その中で七夕の夜に豪雨になって川が氾濫するという回があります。それが、まさに自分が住んでいた地域の近くを流れていた川で、自分自身では覚えていないのですが、実際に床下浸水になったという話は聞いています。

『広瀬川との出会い』
聞き手
 東北大に進まれ、仙台に住むことになって、広瀬川と出会われたと思いますが、広瀬川について何か想い出というものはあるでしょうか。
瀬名さん
 芋煮会はよくしましたね。静岡にはないので、川との接点というところでは大きいですね。ただ、まちの中を車でドライブなどしますと、所々に広瀬川が見えますが、最初の頃はもっとまちの中央に大きく流れていると思っていたので、かえって若干目立たないなという気がしました。
 というのは、仙台に来る前から、さとう宗幸さんの「青葉城恋唄」の印象が強かったので、仙台の川として広瀬川のイメージがあったんです。仙台に慣れ親しむと大きな存在と感じますが、最初の頃はよく分からない感じもありましたね。
聞き手
 橋の上から川を見下ろすという、地形的なこともあるかもしれませんね。そのため、川を身近に感じることが難しいのでしょう。
瀬名さん
 そういうこともあるかもしれませんね。また、広瀬川の印象として、川の両側に緑が多いというイメージがありますね。
聞き手
 広瀬川の場合は、川が蛇行しているので両岸が削れて自然崖になっています。自然崖は平地ではないですから、緑が残りました。水平面積は少ないですが、垂直面で見ると緑の面積が大きくなりますね。

『広瀬川に残る歴史』
聞き手
 瀬名さんは科学教育の本も書かれておられ、また高校生向けに理科離れなどについての講演も積極的にされておられます。科学教育に関連して教材や学びの場として、広瀬川は非常に活用しがいがあると思いますが。
 例えば、地層の観察ができて、たくさんの生物もいるので、東北大学の理学部の人にとっては、広瀬川が現場で観察を行ったり実験をしたりするフィールドになっているとも聞いています。
瀬名さん
 たしかに、広瀬川の化石とかを知りたいなと思っていたんですよ。機会が無くてなかなか行けないですが、メタセコイヤ等をみんなで見に行くツアーとかもあると聞いてます。ぜひ参加したいと思っています。
 去年の秋まで、河北新報で少し地質学も絡んだ小説の連載をしていました。ナノテクの話と生命科学の話なんですが、主人公が地質学者という設定で、高校生ぐらいの頃に自転車でいろんな地方を廻っては川沿いの地質を見て自分の夢を育んでいくとか、北海道に行って恐竜が絶滅するきっかけとなった大隕石の灰の地層を見に行くシーン等を題材にしました。
 仙台でもそういうシーンを書けたらいいなと思っていたんですけれども、なかなか機会が無くて実現できませんでした。ですから、僕もぜひ広瀬川近辺の化石や地質、地層のことを知りたいと思っています。
 それから、今年の2月まで、日経サイエンスでいろんなサイエンティストの方と毎月インタビューをするという仕事をやっていました。例えば、日本ではアメリカみたいに巨大な恐竜の化石が出てくるわけではありませんが、化石を通して、地元の面白い環境を知り、当時の日本の環境はこのようなものだったということからつないでいけば、巨大な恐竜だけが古生物学ではなくて、環境と生物の関わりの時空間の広がりが再現できるのではないでしょうか。
 地元の今の歴史といっても、ほんの数十年ぐらいのことしか分からないけれど、何億年前とかにこういう生物や環境があったということが川を通して見えると、非常に面白い気がしますね。
聞き手
 広瀬川というのは蛇行しているんですが、これが長い歴史の中では削られながら動いているんです。その痕跡は現在でも見ることができます。例えば、花壇の評定河原は下町段丘となっています。片平や大町は中町段丘、勾当台公園の辺りは上町段丘ということで、仙台の地形は平らなように思いがちですが、広瀬川によってつくられた三つの段丘になっています。広瀬川の峡谷の地層を見ると、昔からの地層がそういう形で形成されているというのが分かります。東京あたりだと、地層を見ることは難しいと思います。
瀬名さん
 東京だと、ビルの大理石に化石があるから見てみよう、とかいうことになるようですね。

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