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第1回 「四ッ谷用水」とは?

vol.19 四ッ谷用水(2月7日取材)

第1回 「四ッ谷用水」とは?

今回は「四ツ谷用水」がテーマ。某テレビ局の人気番組で取り上げられた効果もあるのか、仙台市民の関心も高まっているように感じます。この四ツ谷用水の歴史について、「仙台・水の文化史研究会」の会長・柴田 尚さんに現場を案内していただきながら、話を伺いました。

○「四ツ谷用水」とは?

「伊達政宗の命で作られた用水路で、本流が広瀬川から梅田川に通じ、3本の支流と多くの枝流がありました。城下町をくまなく流れ、当時は防火用水、散水、洗濯用水などの生活用水や水車動力などの産業用水として用いられました。明治以降、上下水道の整備により生活用水としての利用は減少し、次第に暗渠化が進みました。特に昭和以降には、車社会の到来で水路にフタがされることにより、地上から姿を消す部分が多くなりました。
現在の四ツ谷用水は、本流が宮城県の工業用水道(暗渠)として使用されているだけで、その他の支流は暗渠化されているか埋められています。」

※以上、仙台市のホームページより抜粋

柴田さんと待ち合わせた場所が、勾当台公園内にある「古図広場」。安政時代の古図をモチーフにした立体の地図があり、仙台藩の藩校「養賢堂」や旧県庁舎が建てられていた場所など、当時の様子がうかがえます。バス停の裏側にあって、通り過ぎてしまう人も多いと思いますが、昔の仙台の街並みが視覚的に分かりますので、みなさんもぜひご覧になってみてください。ここで柴田さんと地図を見ながら、四ツ谷用水の概略について説明を聞きました。

【「仙台・水の文化史研究会」の会長・柴田尚さんにご案内いただきました。】


 【古図広場】