『生態系をまるごと博物館に』

●瀬名さん

地元にある生態系を、そのまま展示することはとてもいいことだと思います。アメリカのモントレーにある水族館では、巨大な藻を大きな水槽に入れて育て、その中でラッコを育てたりと、生態系をそのまま展示する手法をとり入れています。
その水族館は、周りがほんとに何もないところにも関わらず、たくさんの人が来ているそうです。日本でも、大阪の海遊館はモントレーから技術を受け継いでクラゲをそのまま展示したりしています。このように、生態系をそのままの形で見せて、自分たちの近くにある自然の豊かさを実感してもらうことがいいと思います。
ですから、広瀬川でも、上流から下流までの生態系を水族館とか博物館のようなところで展示することに、すごく面白い可能性があると思うのです。

●聞き手

仙台市では、広瀬川を「自然博物館」だと言っています。屋根のない自然のままの博物館であると。

●瀬名さん

それはすばらしいと思いますが、なかなか多くの人は自然を見ないんですね。何か見るきっかけが重要だと思います。たしかに広瀬川まで行くと、自然の豊かさが分かると思うのですが、そのきっかけというのが必要です。
多くの人は、バーチャルのものは良くないとおっしゃるのですが、バーチャルとはもともと現実の本質をとらえたものなんですね。それを見ることも一つの体験だし、それを見たことで本物の自然とのふれあいたいという欲求が出てくる可能性もあります。僕は、自然は自然としてそのままで、バーチャルなものはバーチャルなものとして、両方あった方がいいかなと思います。
その他、都市のデザインとして、ふっと広瀬川を見たときに、広瀬川はいいなと思う人間の動き方をうまくデザインできるといいですね。

●聞き手

よく、広瀬川をリバーウォークという形で整備できないかという声がありますが、広瀬川は蛇行して一方が崖になっており、川辺を歩くためには川を渡らなければなりません。ですから、広瀬川をずっと見て歩くことは難しくなっています。
京都の鴨川のように市民とまちが一緒になっているのがいいのか、そこに行くとまちのことを忘れるような川がいいのか。これは、どちらがいいのか難しいですね。広瀬川の場合は、川に行くと非常に静かで、100万都市の中にこのような場所があったのかと驚く人がいます。いろいろな思いにふけるには、とてもいい場所だと思います。

●瀬名さん

広瀬川の良さである崖等がマイナスの要素になってしまうこともあるんですね。

『見方を変えれば感動が生まれる』

●聞き手

瀬名さんが現在の活動をやっているということをさかのぼると、瀬名さんの原体験というのはどのようなところにあるのでしょうか。

●瀬名さん

父と母が薬学部出身で、子どもの頃は父親の研究室によくいって、そこら辺で遊んでいたりしました。その研究室の雰囲気がすごく好きでした。
また、僕の住んでいた瀬名というところの近くには溝のような小さな川があって、ザリガニやカエルがたくさんいました。そこで、動物を捕って、飼ったりということをよくやっていました。
川の上流には竜爪山(りゅうそうざん)という山があって、昔ながらの伝説があるんです。小学校の頃はこういう伝説を図工の時間に絵で描いてみたりするのですが、こういうのはとても好きでした。
一方では、藤子不二雄さんや江戸川乱歩、シャーロック・ホームズ等が好きでした。ですから、それらがごっちゃになってという感じです。
ロボットと生物への興味のきっかけは、たまたまうちの隣町の清水市に東海大学がありまして、そこの海洋科学博物館がすごくいいんです。五階建てぐらいのビルですが、吹き抜けで五階建て分の大きな水槽をつくって、そこに生態系を再現して上から下からいろいろ見られるというようになっている。その水族館の一角に、ロボット魚を展示するコーナーがあって、シオマネキとかロボットの魚が泳いでいたんです。そういうのを見て、生命というものが、機械と機械でないものとが、どう違いがあるのかとか、そういったことが子ども心に興味深く思いました。それで、動物や昆虫をまねしたようなロボットのキットを売っていたので、つくったりしていました。これらの体験がごちゃ混ぜになって、今こういう仕事をしているのだと思いますね。今考えてみると、水の生物というのが近くにあったんですね。

●聞き手

博物館のようなものを、学べる場として活用し、学ぶことで今の子どもたちも、何か次の発想を生むような場になればいいと思いますね。せっかくこれだけのものがあるのですから、見るだけでなくて、いかに感じてもらうかということが必要かもしれませんね。

●瀬名さん

NHK・BSの番組の「人類月に立つ」というドラマの中で、地質学の回がありました。宇宙飛行士には、月にいって石のサンプルをとってくるというミッションがあります。その時に、適当にその辺りにある石をとってきてはだめで、地形を見て、地形を代表する石をとってこなければならない。ですから、石などに興味がない宇宙飛行士を山に連れて行って、地質学者の人が地質学を教えて、この地形をこう見るんだとか、こういう地形ではどういう石を拾えばいいのかというのを教えるシーンがあって、これにすごく感動したことがあるんですよね。
つまり、見方が分かるとその地域にある景色全体が違って見える瞬間があると思うのです。これはサイエンスとかの面白さに通じるものです。広瀬川も、見るだけにしても、何か見方が変わる。それは、その人の世界観が一つ広がったことだと思うのです。そういうことができると面白いと思いますね。

●聞き手

その辺りの壁を破るのはNPOが鍵になるのではないでしょうか。NPOの方は、子どもなどを川へ入れちゃうんですね。学校では川は危ないからあまり近づかないようにと言うんですが、NPOの方はここまですれば川は危ないと言うことを教える。そうすると、子どもも川での遊び方が分かって楽しさに目覚める。

『川はきっかけを作る』

●聞き手

水というのは上から下へと流れますね。ただ、水というのは流れるだけでなくて循環している。また、循環してうまく使っていかなければならない。このことに、まちの人は頭を痛めています。そのような、水の使い方をどうしようとか、水循環のことを、サイエンスストーリーか何かでうまく書くことはできないでしょうか。

●瀬名さん

日経サイエンスで、東北大学出身で国際日本文化研究センター教授の安田喜憲先生と森と川の話について対談させていただいたんですが、日本は神話みたいなものが川と森のインタラクションみたいなところから出てきているという話をされて、また川のうねった流れと水を人間の間でどういうふうに共有しあうかというのが、文明のあり方の根本だという話をされていました。日本だと水田ですから、水田の周りの水を通して人間関係ができあがっていると。
ですから、先ほどの水循環も、現代の人間のあり方を考える上で極めて示唆に富んでいるのではないでしょうか。水は生命を育む場であり、文明を作り出す知能の場でもあり、環境と動物との接点みたいな場でもある。水の近くの文明を題材とするSFというものもありますし、小説やSFとしても面白い題材になるかもしれませんね。

●聞き手

昔から川というのは森と水をつなぐ仲人と言われたりしていますね。

●瀬名さん

川には時間や地域の流れみたいなものをイメージさせるものがありますね。僕らはどうしても点とか線とかでイメージしがちですが、川はいろんなところに目を向けさせてくれるきっかけになるのではないかと思います。

『瀬名秀明さんからのメッセージ』

●聞き手

最後に、瀬名さんのファン層、特に子どもたちや学生さんへのメッセージをいただけないでしょうか。

●瀬名さん

僕は生命って何だろうという不思議に思う気持ちがが子どもの頃からあって、そこからロボットとか博物館とかそういうのに興味が移ってきたのですが、そういうときに地質のことを小説に書いて、そして広瀬川も何か面白そうだなというところにたどり着いたわけです。
つまり、川って、人の興味が広がっていったときに、いつか必ず出会う接点なのかなという気がするんですよ。ですから、何か今興味があることをとても大事にしてもらって、そうするといつか広瀬川と接点を持つときがあるような気がするんですよ。それぐらい、川というのは非常に懐が深いところがあると思います。