vol.8 野球評論家 村田兆治さん

平成18年5月23日(火)
16:35~17:30
メディアテーク楽屋裏
聞き手:岩渕有美子(仙台市建設局広瀬川創生室)

『広瀬川の思い出』

●聞き手

広瀬川は仙台市のシンボルともいえる川なのですが、調査をしてみると、仙台市民は、広瀬川と接する機会がほとんどない、ということがわかりました。そこで広瀬川を市民にアピールし川と接していただくために、市民協働で「広瀬川創生プラン」というものを策定して、今、官民一体となって広瀬川を利活用しようとしているところです。
そこで、市民の方に広瀬川に対してより興味を持っていただこうと、今回仙台に縁のある村田さんに広瀬川をテーマにお話いただくことになりました。よろしくお願いいたします。

●村田さん

広瀬川で一番思い出があるのは、昭和48年頃、ロッテが川崎球場と東京スタジアムから離れてジプシー球団としてこちらに来た時ですよ。23歳か24歳の時で、計65試合のうち仙台で33試合しました。仙台では広瀬川沿いの旅館に泊まりました。当時、ホテルは仙台ホテルだけで、しばらくしてワシントンホテルができた、そういう時代でした。

●聞き手

当時、お住まいはどちらだったんでしょうか。

●村田さん

ロッテ球団の本拠地の東京です。本当はホームグラウンドで65試合するのですが、当時東京スタジアムがなくなって新しい球場を作るまで、今の東京ドーム、つまり後楽園球場や川崎球場を間借りしていたんです。そのため仙台で33試合を行いました。
初めて仙台に来たのは新幹線もない昭和38年。仙台空港から田んぼを通ってきて旅館に着きました。

●聞き手

宮城球場がロッテの本拠地だった頃、村田さんは広瀬川沿いを散歩しながら、先発登板前の気持ちを高めたり勝利翌日の心を静めたりした、というエピソードが残っていますが。

●村田さん

登板前はテンションが高まっていてずっと考えているんです。午後6時からプレイボールで登板して最後に勝って握手して帰る、そのイメージをしているんですよ。
試合が午後6時開始だったら昼くらいに起きるんです。散歩の途中広瀬川で空気を吸って体を動かしました。水がきれいで緑の多いところで、高まった感情を抑えながら体を動かして、まあウォーミングアップというのかな、自分のモチベーションを上げ神経を起こしていたんです。自然と触れ合うことで、モチベーションが高く上がっていくようでした。それが一番の思い出ですね。
また、朝には、昨日嫌なことがあったが、今日はがんばるぞという思いで散歩することで、迷いや雑念を振りはらいながら一つのことに集中していくんです。人間にとって、歩くということはいかにいいことか。巡礼の旅がいいのもそういうことですよね。
雨で試合が中止になった時、宿舎の近くの評定河原グランドで練習したことも覚えています。練習といっても、ちょっとしたトスバッティングや、ランニングでしたが。
その他に覚えているのは鮎を釣っている人です。やはりそれだけ自然の川や緑がたくさんあるということですね。

●聞き手

現在のお住まいの近くに川はありますか。

●村田さん

自宅の近くにもいい川がありますね。鴨などの野生生物もいます。
東京ではカラスが問題になっていますね。餌を撒いて餌付けをしているから、ごみについての知識・知恵があるようです。生態系でバランスをとるのは難しいと感じます。
川というのは生態系を支えていますから、やはりきれいな方がいいよね。ごみがごみを呼ぶようになりますから、市民には、本当の心あるマナーや意識を持ち続けてほしいですね。

●聞き手

ところで、川と野球で通じるものがありますか。

●村田さん

やはり「毎日同じじゃない」ということです。野球は毎日相手も変わるし、自分の気分も変わるし、体調も変わります。自然だって受け止め方が変わると違って見えるよね。向こう岸から見るのとこちらから見るのとでは景色も違います。
その中で戦う時に一番大切なことは平静、沈着です。どんなバッターがきても対応するために自分の準備をすることです。そういう時に自然の中に自分が大切に生かされていることをすごく感じました。

●聞き手

そのほかに、川に対しお感じになっていることはありますか。

●村田さん

川は散歩する時の景観がいいねぇ。自然の中に四季を感じる所もあるし、川の流れを見る時に自分の人生がどういうものかを感じる。自分が流されているのか、逆らっているのかよくわかります。逆らって行かなければならない時もありますしね。
自然は実際に触れないとわからないよ。ただ、今こういう時代ですから、何か事故があった時は市が悪い、管理が悪いなどとなるでしょう。危険な場所は、多少対応が必要です。山に行っても雪崩などの危険があり、自然の厳しさがある。ただ、広瀬川はそこまで危険な場所ではないと思いますが。

●聞き手

仙台にはどのようなイメージをお持ちですか。

●村田さん

杜の都というイメージがあります。東北の玄関口だし、中心的な存在になってきています。どちらかというと、よそ者受けしやすくて、またそれがすぐ冷めやすいところかもね。
もっと交流をしていけば違ってくると思います。青森山田高校では校長もがんばって、全国から甲子園を目指す生徒や、卓球の愛ちゃんのような生徒を集めています。仙台には東北楽天ゴールデンイーグルスがある。弱いより強い方がイメージは強いものです。東北福祉大学は強いし、佐々木主浩や長島哲郎など様々な野球選手が出て、だんだん有名になり、今は東北福祉大学に行きたいという学生が増えてきています。
広瀬川を知っているという程度だけでなく、全国的にも日本一の川だよというくらいのアピールがほしいところですね。四万十川の清流に勝てるかはわからないが、観光都市、七夕、花火と組み合わせて、全国の一人一人が広瀬川を見なければ損だというくらいになるといいですね。
余談になりますが、仙台ではアメリカの肉の輸入が止まって大変ご苦労なさったそうですね。私は昔、「牛タンなんか食えるか」と言っていたんですよ。プロは、「体が資本なのに牛タン食べて元気になるわけがない、庶民と違うんだ」という感覚がありました。ところが、20代の時に実際に食べに行ったらうまいとわかって、二人で八人前、十人前を食べました。