第5回 マンガと現実世界との関わり

●聞き手

近年では、「ジョジョ芸人」といわれるタレントさんや
熱心なファンによる「ジョジョ立ち」などのムーヴメントが
話題になっています。
マンガというフィクションから
今までと違った形で現実への影響が及んでいると思いますが、
そうしたファンが先生の作品を解釈して盛り上がっている
状況についてはどうご覧になっていますか?

●荒木さん

「ジョジョ立ち」については、自分でもびっくりしていて、
世の中のほうが変わったんだなと思いました(笑)。
もともと「ジョジョ」の登場人物のポーズは、
ファンタジー性を出すためにあえて
現実にはありえないポーズを取り入れて演出しているんです。
実際の人間の関節の可動範囲はここまでというところを、
さらに限界を超えたところまで捻って表現していますが、
それを実際にやっているんですから…
写真でみると、ちゃんと再現しているんですよ!
人間の体が進化したのかな?

●聞き手

全くの予想外だったのでしょうか。

●荒木さん

予想外というか真似して欲しくないというよりも、
そもそも真似しようがない表現にしているのに、
そこに現実に踏み込んでくるという…
なんか、その発想からして驚きですよ。

●聞き手

驚かれたとも思いますが、先生にとってはそれも
嬉しいことだったのでしょうか。

●荒木さん

嬉しい…というか(笑)。
もう、好きなように楽しんでもらえれば…
と思ってますね(笑)。

●聞き手

最近では先生も巻き込まれて、一緒にポージングされる
こともあるようですが。

●荒木さん

だってやってくださいって言われるから(笑)。

●聞き手

今日はわれわれもぜひ先生と一緒に
「ジョジョ立ち」をしたいと思っていました。

●荒木さん

わかりました…って、現実にはできないんだから(笑)。

(c)荒木飛呂彦/集英社
<「ジョジョ」第二部 ジャンプコミックス第4巻>

●聞き手

私が中学生時代に先生の作品に触れたときは、
もっと直接的に、特徴的なセリフなどを
友達同士で真似したりとした記憶がありますが、
近年のこうした盛り上がりは、
インターネットによる影響も大きいのではとも思います。

●荒木さん

確かにそうかもしれないですね。

●聞き手

インターネットを通じて見知らぬ人同士が結びついて
共有される、共感されるという時代なのではと思いますが、
そうした変化を実際に感じられることはありますか?

●荒木さん

昔は口コミといっても範囲は限定的でしたが、
現代だと、インターネットによる予想のできない
展開があると思います。だから逆に怖いですね…
その、作品には人間の本心が無意識にでますから。
例えば卑怯な描き方をしていると、たぶん読者の方は
見抜くと思いますが、それがネットだと
増幅されたりするのかもしれないですよね。

●聞き手

こうした時代だからこそ、より誠実さを求められる
ということなのでしょうか。

●荒木さん

そうですね。一見損かもしれないけど、誠実に描いてないと
それがあとになって確実に効いてくる…

●聞き手

以前先生が東北大学で「売れるマンガ」というテーマで
講演されたそうですが、そのときも、
「売れる」ためにそれだけを狙って描くというのではなくて、
どんなに良い作品でも結果的に売れないと、読者に
届かないからだめなんだという話をされていたそうですね。

●荒木さん

そうですね。「売れる」ことだけを狙った作品と、
読者に届けるために結果的に「売れる」作品との違いは、
読者の方は見抜くでしょう。
また、それとは別に、ネットでの発言などでそういう精神は
よりはっきりと見抜かれてしまうのではないでしょうか。
インターネットの書き込みの内容から、
「この人ずるいな」と感じたり。

●聞き手

先生自身はよくインターネットでチェックされますか。

●荒木さん

怖いから、なんかね、あまりやらないです(笑)。

●聞き手

なるべく避けられたい、とか。

●荒木さん

一線を画しておきたいというよりも、「岸辺露伴」
ではないですが、図に乗ったことを言いそうなので
自重のために(笑)。

●聞き手

岸辺露伴は、マンガに関しては善悪の判断基準を
超えたものすごい執着心から、ちょっとやりすぎな面が
見受けられますが、やはりそうした面には
先生の想い入れが反映されているように感じてしまいます。

●荒木さん

そういう部分もありますが、露伴は憧れですね。
スーパーマンガ家としての。
ただ少しだけ、作品とか芸術に対して
真摯でないことへの怒りなどを表現していますが。

<「ジョジョ」第四部 ジャンプコミックス第36巻>

●聞き手

あくまでも極端な形での表現だと思いますが、
短編「岸辺露伴は動かない」では、露伴が取材で
イタリアに行き、教会の懺悔室に潜入してみて
体験の重要性を語るシーンもありました。
ファンとしては、そうしたところに実際の先生の姿を
重ねたくなると思います。

<「岸辺露伴は動かない」(短編集「死刑執行中脱獄進行中」より>

●荒木さん

その辺は確かに実感を反映しているかもしれません。
今だとネットで調べればほとんど
あらゆるものの情報は分かる時代だと思いますが、
僕自身はやはり実際に体験した上で描きたいですね。
例えばイタリア料理の絵を描く時、
別に食べなくても写真を見たりして描けますが、
でも、僕だったらその料理の匂いを嗅いだり、
実際に味わいを確かめた上で描きたいです。
その辺は、露伴にも反映されているかな。

<「ジョジョ」第四部 ジャンプコミックス第33巻>