vol.13 2050年の広瀬川

東北大学大学院工学研究科教授 西村修さん

今年(平成19年)の冬は2、3度家の前の雪かきをした。近年めずらしく雪が降ったという印象があるが、10年、20年前に比べたらだいぶ降らなくなった気がする。また、近頃の仙台は3月ともなるとずいぶん暖かくなる。

仙台のサクラは例年であれば4月中旬に開花する。しかし、平成14年(2002年)には3月中にサクラが開花し、温暖化の影響かと騒がれたのが記憶に新しい。サクラの開花日は4月の平均気温が高いほど早まる関係が認められ、また4月の温暖化は北日本で著しく起きていることが知られている。仙台市の平均気温も上昇傾向が明らかであり(図1)、1927年から2006年までの79年間に約1.7℃上昇している。

図1 仙台市の平均気温の推移(「仙台市の環境」より )

気象庁の調べによると、日本の年平均地上気温は、長期的には100年あたり1.1℃の割合で上昇しており、特に1990年代以降高温となる年が頻出している。世界的には、過去100年(1906~2005年)に世界平均気温が0.74℃上昇し、最近50年間の長期傾向は過去100年のほぼ2倍であること、さらに日本のサクラの開花日が50年間で4.2日早まったことが、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change: 気候変動に関する政府間パネル、昨年ノーベル平和賞共同受賞)の報告書に記載されている。50年前に比べ今の日本はだいぶ暖かいようである。

2007年11月29日に開催された仙台市広瀬川清流保全審議会では、「カジカガエルがあまり鳴かなかった」、「藻がだいぶ生えている」等、広瀬川の異変を懸念する声が聞かれ、温暖化の影響ではないかという意見も出された。常日頃、また長い間広瀬川に接してきている方々の貴重な意見である。

そこで、広瀬川の水温の経年変化について調べてみた。データは仙台市環境対策課が毎月1回行っている河川の常時監視のものを用いた。常時監視では晴天日を選択し、午前9時から午後2時までの毎月1日、一定でない時刻で測定を行うため、午前9時と午後2時では数度レベルの誤差を生じる可能性がある。このようなデータでその月の水温を代表させることは、経年的な傾向においても大きな誤差につながる可能性がある。したがって、結果に関しては大雑把な傾向把握と割り切らなければならないが、水温のデータは水質調査のついでに計られてきたきらいがあり、経年変化を把握するために使えるデータは意外に少ないという意味では貴重なデータである。地点は上流として広瀬橋(林道)、中流として鳴合橋、下流として愛宕橋を選んだ(図2)。

図2 仙台市公共用水域調査地点図(仙台市環境局HP)より

その結果が図3である。広瀬橋(林道)は1994年4月以降のデータであり、かつ12月から3月にかけてのデータは欠測である。鳴合橋、愛宕橋は1972年4月からのデータであるが途中欠測があり、毎月のデータが揃っているのは1982年からである。

直線で近似すると、広瀬橋(林道)と愛宕橋では経年的な上昇傾向が認められる。逆に鳴合橋では下降傾向があらわれた。広瀬橋(林道)で上昇傾向があらわれたのは、近年最低水温が上昇傾向にあるためであり、観測データの中で最低水温を記録する4月の水温の経年変化を見ると、上昇傾向が顕著である。この時期の水温には雪解け水の影響が大きいものと思われる。鳴合橋の下降傾向は、夏期の水温が20℃程度までの上昇にとどまり、昔のように25℃を超えることがなくなったことが影響している。近年の8月の水温の経年変化をみると、広瀬橋(林道)ではほとんど変化せず、鳴合橋では下降傾向が目立っている。大倉川水系の影響が考えられる。

図3 広瀬川(広瀬橋(林道)、鳴合橋、愛宕橋)の水温の経年変化

愛宕橋の上昇傾向は広瀬橋(林道)と似て、冬期の水温が上昇気味であることが特徴である。昔は0度近くまで下がっていたのに、近頃は最低水温が5℃という年もある。ちなみに直線近似した愛宕橋の水温変化率は、年に0.046℃上昇であり、ここ30年で1.4℃の上昇となる。このデータを眺めながらふと昔の広瀬川は凍結したのではないかと思ったが、案の定気象予報士斎藤さんによるとフィギュアスケート大会の第1回目が広瀬川大橋の下で行われたそうである。最近の広瀬川しか知らない私には想像しがたい。

河川の水温は、気温、日射量等の気象の影響を強く受けるほか、流量の大小、河畔林(それによる蒸散、日陰)の有無、ダム貯水、取水、放水(下水処理水の放流)など様々な影響を受ける。さらに気温の上昇自体がヒートアイランドなど、地球温暖化とは別の環境問題の影響も受けるため、「地球温暖化により広瀬川の水温が上昇している」というのは「風が吹けば桶屋が儲かる」よりも証明が難しい仮説である。しかし原因はともかく「広瀬川の水温が上昇している」ことを実感的に把握している人は多いのではないだろうか。一方、水温上昇は「カジカガエルがあまり鳴かなかった」、「藻がだいぶ生えている」という現象をもたらしているのであろうか。これらの因果関係を証明することも容易ではない。

難しい、わからないを連発して恐縮であるが、現象が複雑でスケールが時間的にも空間的にも大きく、結果として解決が困難なのが昨今の地球温暖化に代表される環境問題の特徴である。もちろん公害問題も発生当時は同じ様相を呈していたと思うが、少なくとも地球規模で考える必要はなかった。しかし、これからの広瀬川の環境問題は地域から地球規模で、50年、100年単位で考える必要があろう。想像力をたくましくして大きなビジョンをかかげて広瀬川とつきあう必要がある。