■意外な食物連鎖

・・・食べられても死なない・・カレイの赤ちゃんは貝が育てる?

ここでもうひとつ面白いことが分りました。イソシジミの水管を食べているイシガレイのことです。食べられても死なないのです。写真4はイシガレイとその胃から出てきたイソシジミの水管(食物を取り入れる管)です。1尾のイシガレイ稚魚が数十本食べていることも珍しくありません。ちぎられても水管はすぐに再生して、成長への影響も殆どないので、弱肉強食のイメージが強い食物連鎖とは異なります。外海で生まれたイシガレイの赤ちゃんは河口域にやってきて、大きくなり、また、外海へ出てゆくのです。

こうしてみてくると、陸から運ばれてきた栄養素を吸収して生育した珪藻を食べて大きくなるイソシジミ、そしてその水管を食べて大きくなるイシガレイ・・・というように、川と海は繋がっているのです。また、貝や魚類が排泄したフンはバクテリアにより分解されて栄養素となり、再び水の中に戻ります。すなわち水の流動、生物の移動、そして、食物連鎖によって、自然界の物質は循環しているのです。

写真4:イシガレイと胃の中にみられたイソシジミ水管

イソシジミが砂に潜る様子

■環境保全と食料生産の両立

それでは、最後に環境保全の立場からもみてみましょう。河口域は陸水と海水が出あう場であり、沈殿物が多くなります。貝類が食物を取り入れる行動は、鰓により水の中の粒状有機物(珪藻類も含まれている)を濾過することです。つまり、貝類が食物を食べて成長することは、同時に水中から粒状物を取り除くことになるのです。すなわち、河口域は食料生産と環境保全を両立させている場ともいえるのです。

陸上の農作物の多くは人の手を加えることにより効率的に高い生産を維持しています。しかし、川や海の生物の多くは、人間の手を借りずに自然の中で繁殖しています。したがって、自然を守ること、時には手を差し伸べながら自然力を引き出すことが、水産生物においては重要なことといえます。

名取川河口域と干潟

■未来へつなぐ

現在、科学技術の進歩は私たちに便利な暮らしを与えてくれています。快適な生活の中では、水や物質が循環していることは忘れてしまいそうですが、私達は海や川や山に出かけたとき、あるいはその光景に出会ったとき、すがすがしい気持ちに包まれるのではないでしょうか。それは自然の声が聞こえたからではないでしょうか。今、世界は地球規模の環境問題に対して、一人一人が取り組まなければならない時代に直面しています

研究を通して感じたことは、自然と向き合い、語りかけてくる自然の声を聞き、学びながら、そして同時に自分の心の声にも耳を傾けることの大切さでした。人は自然に働きかけ、開発することもあります。どのようにバランスをとりながら、環境も保全し、かつ食料生産を維持してゆけばよいのでしょう? 生態系全体のつながりを見据えながら、多様な生物のそれぞれの役割、場所ごとの環境の特性を理解し、様々な立場から水利用のあり方について検討を重ねあい、自然環境の保全と社会の繁栄とが両立できる未来へと繋げてゆきたいものです。