第5回 規則正しい生活習慣をもっと定着させたい

●聞き手

一方で、先生は任天堂のゲーム機の監修などもなさっています。脳科学の見地から基本的にはゲームは脳のリラックスにつながるが、機能上は向上しないと言われていますが、監修されているゲームなどを通して社会に訴えようとなされているのはどういったことですか。

●川島さん

いろいろなことを考えていて、ストレートな答えになっていないところもありますが、研究者として最終的に社会に出したいメッセージは、子供を健全に育むために、私たち大人たちは何をしなければならないか、ということです。今まで出しているメッセージも、そこに行き着くように出してきているつもりです。例えば脳を鍛えようということも、ゲームでも読み書き計算が大切だよというところから始めているわけです。

●聞き手

そうですね。「脳トレ」というとそうしたイメージが強いと思います。

●川島さん

ではこの読み書き計算を誰が一番やっているかというと、子供が勉強するときにやっているんですね。ただ、子供にとっては勉強で読み書き計算をするのは、それだけでは楽しさはあまりなく辛い作業です。でも、私たちがいろいろな機会を通じて、それをきちんとやることには意義があるんだよ、ということ繰り返しアナウンスしていくことで、親や子供たちをとりまく社会がもっと認識していけば、勉強する子供もちょっとは楽になっていくだろうという思いがあります。

●聞き手

ただ勉強だからといって子供に強制するのではなく、私たち大人がそうした生活習慣の重要性を認識するためでもあるのですね。

<参考>子供の勉強風景など

●川島さん

そうです。また、私たちは脳と生活習慣との関係性も調べていますが、現代では生活習慣が乱れていて、それを普通だと思っている大人たちが作った社会で子供たちが育てられている。それは脳科学からも間違いだというメッセージをきちんと出して、できるだけ良い環境の方に正していこうという流れで考えています。

●聞き手

例えば、生活習慣として朝ご飯をとるとか、早寝早起きをすることは、統計上はなかなか上向きにならないのが現状ですか。

●川島さん

いや、データでは向上しています。PTAの皆さんなどが一生懸命頑張って、「早寝早起き、朝ご飯運動」など全国で展開されています。ただ、朝ご飯を食べる頻度は高止まりしていますが、早寝早起きの方はまだまだですね。

●聞き手

どうしても、親の生活スタイルに子供が引っ張られるからでしょうか。

●川島さん

親のせいだけではなく、社会全体が夜更かしを認めてしまっているのがいけないと思います。よく講演などで話しますが、「崖の上のポニョ」という子供向けの番組が夜の9時から流されているのが現状です。これに対して誰もクレームをつけなかったということに、一番大きな闇が潜んでいるというのが私の考えです。

●聞き手

視聴者により受け入れられるために、その時間帯を選んでいること自体が、そもそも間違っているということですね。

●川島さん

誰も間違っていると声を出さない。それを間違っているとも思わない社会が怖いのです。

●聞き手

先生も子育て中、早寝早起きは徹底されていましたか。

●川島さん

ええ。勉強しなさいとはいいませんでしたが、夜早く寝るということは、ものすごく厳しくしましたし、朝ご飯を食べないなら学校へは行かせない、ということもきつくやりました。

●聞き手

そうした子供の頃からの生活習慣というのは、大人になっても確実に身についているのですね。

●川島さん

私たちが文部科学省や農林水産省と共同で行った調査では、生活習慣が身に付いていない子供たちは、だらしがない大人になっているという結果が出ていますし、さらには年収が低いというデータまでありますので、子供の頃の生活習慣は、いろんな面で大人になった自分に影響します。そういう意味では、生活習慣は家庭で子供の頃に作られるのですから、意図しないところで将来の自分が決められてしまうという恐ろしさがあると思います。

●聞き手

怖い話ですね。以前、子供が生まれた当時の親の生活スタイルが、その子供にもうつるという話を聞いたことがあります。いわゆる朝方だとか、夜型だとかは、親の生活スタイルがそのまま子供にうつったものだとすると、それは大人になってから転換するのは難しいのですか。

●川島さん

ライフスタイルは、相当努力しないと変えることは難しいと思います。ただ、我々は人間ですから、意識すれば変えられます。もちろん自分の力だけではできない可能性もあります。弱い生き物ですから。今度、文部科学省と私たちがやろうとしている新しい早寝早起き・朝ご飯の運動は、もっと社会の中に入っていこうと考えていて、企業が丸ごと早寝早起き・朝ご飯を実践することで、企業活動の成果が上がることを実証するための社会実験をしていこう、というところまで踏み込もうとしています。

●聞き手

著書の中で、朝ご飯を食べてこない社員は、会社に対して背信行為だとまでおっしゃっていますが、これをプロジェクトとして実証していこうということですね。

●川島さん

その実証実験も行っていこうと思っています。