会設立までの経緯

 「広瀬川をゆっくり歩く会」の活動は、平成19年に仙台市青葉区役所まちづくり推進課が始めた「平成風土記」の制作に端を発しています。片平地区でも市民センターを拠点に、片平地区連合町内会が中心となり3ヵ年をかけて編纂が進められ、充実した「片平地区平成風土記」が完成しました。この共同作業のプロセスの中で生まれた住民同士の交流から、まち歩き活動など、さまざまな新しい動きが起こりました。

 東日本大震災の後、平成24年には、翌年開催予定の「仙台宮城ディスティネーションキャンペーン」に備え、広瀬川をガイドするためのボランティア養成の打診が仙台市から提示され、これに応えて地元住民有志が参加して養成講座が実施されました。そして、本番となったディスティネーションのキャンペーン中、仙台市観光課、河川課が主催した「広瀬川まち歩き講座」で、養成講座の受講生たちが実際に広瀬川のガイドを務めて自信をつけ、翌年この「広瀬川をゆっくり歩く会」を立ち上げるに至りました。

 ここで注目しておきたいのは、前提として住民の共同作業の中から新しい関係が芽生えたこと、そしてその動きをサポートした片平市民センター、新たな活動を持ちかけた仙台市など、活動実施に向けて関係機関の強力なバックアップがあったことです。市民活動をゼロから起こすことには困難をともないます。この事例は、地域に根ざした活動を始める際、市民センターや仙台市、町内会との連携がいかに大切かを教えていると思います。

コロナ禍が落ち着いたので、
2021年10月に活動を再開後、
11月に2回目を実施。

地域住民がガイドをすることの意味とは

 ここ10年ほどでしょうか、まち歩きは本やテレビなどでも取り上げられることが増え、楽しむ人が増えるとともに、その機会も身近になってきました。多くは、歴史、地質など専門的知識を有する専門家を講師にして会が催されていますが、では、片平市民センターにおける「広瀬川をゆっくり歩く会」のように地域住民がガイドをする意味はどこにあるのでしょうか。また、その場合、専門家が行うガイドとの違いはどんな点にあるのでしょうか。

 私は、専門家が「専門的知識や見地で地域を解明する」のに対し、地域住民は「生活者としての視点と実感から話をする」点に大きな違いがあると考えます。例えば、歴史家が「記録」をもとに話をするのなら地域住民は「記憶」を、専門家が「知識」をもとに解明するのなら地域住民は「実感」を基本にガイドができるのではないでしょうか。

 その地域に長く暮らしている住民は、毎日の生活の中で風景を眺め川の変化を観察し、川をめぐる暮らしの変化をつぶさに見つめているはずです。そうした視点は、専門家が持ち得ない生活者ならではのものであるといえます。「ここに暮らしていること」をより積極的にとらえ、毎日川を眺める中から、住民ガイドのあり方をメンバーの皆さんで汲み上げていっていただきたいと思います。

雨の日も実施。
雨にけぶる広瀬川もまた風情がある。