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2011年03月31日

戸沢村に疎開してました。

お久しぶりです。

3/11の震災後、家が傾き、頻繁におきる余震によって、子供と一緒にここで生活するのは厳しいという判断で、友達を頼りながら山形県戸沢村という場所に避難しておりました。
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疎開をしてみて驚いたのは奥羽山脈を越えて山形側へ出てみると、物資こそ少ないけれど皆、拍子抜けするくらい普通に生活をされていた事です。
仙台ではサイレンの音と余震に怯えピリピリした緊張感の中で過ごしていた子供達にとってどれほど安心できたことか。
「パチンコ屋さんやってる!」「自動車教習車走ってる!」「ファミレスだ!」とワイワイ言いながら移動してました。

戸沢村は最上川がドーンと流れており、松尾芭蕉が船下りで乗船した地点もあります。
村の方々にも大変お世話になり、何一つ不自由なく過ごすことが出来ました。
にしてもビックリするくらいの雪・雪・雪・・・ 
今年は近年希に見る豪雪で、アメダスポイントではないから非公式だけど村の観測地点では3mを超えたそうです。
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村役場の方々も隣県の災害に対して自分達に何が出来るか、毎日会議を重ねて対応しております。自分も戸沢村の中で支援出来ることを手伝っていたつもりです。

明日4/1から妻が育児休暇が明けて仕事復帰(主夫復活です)ということで、疎開を終了し戻ることとなりました。
疎開を決めたときはもの凄く悩み、逃げ出すような形での疎開となりましたが、子供達に安心してもらえたこと、私自身も離れたことで外から震災した仙台を見れたことが良かったと思います。

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まだまだ予断が許されない状況ではありますが、自分にやれることを考え大好きな仙台の復興のために動きたいと思っております。

↓↓は震災当日の我が家の状況。なにを思ったか庭にテント!
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2011年03月10日

東京で星空を見上げたかったあの頃

今日なんとなくテレビニュースを見ていたら
多摩川の狛江市河川敷でのバーベキュー禁止だそうです。


学生時代、東京で過ごしました。
「東京に住む」というのは刺激に溢れ、常に何かしらチャンスがあるような気がした。
しかしすぐに息苦しくなり、休みになれば(休みじゃなくても、、、)友達が買った車やバイクで旅をした。東京を起点にすると近畿や北陸へ行くのも億劫に感じなかったし、鹿児島や北海道まで下道を使って夜通し運転を交代しながら走ったこともある

単純に空を見上げたかった。あのドンヨリとした空から逃げたかった。


そんな学生時代、ちょっと時間があると多摩川へ行って遊んでた
そのうち何回か多摩川(二子玉川付近)でバーベキューをした覚えがある
広い河川敷から見る開放感溢れる空というのはとても貴重な空間だった
外で飲むビールの美味さを知った場所

しかし、ここにきてバーベキュー禁止となってしまった


何故か?情けない話だがマナーの問題だそう
「ゴミ、騒音、花火、泥酔」 残念です

近年、芋煮の季節には広瀬川でも同じことが言われています

少し前に、中ノ瀬橋の下で、大きなスピーカーで爆音を出しながら踊り狂っていた方々に出くわしたことがあります。(明らかに無許可)
そのとき聞こえてきたのは「自然は最高!」と空を仰ぎながらの叫び声
ツッコミを入れたくなりましたが、多勢に無勢、情けなく立ち去ったのを思い出します

広瀬川での芋煮会禁止なんて嫌だなぁ 

2011年02月10日

子供に読んであげたい水の絵本

保育士の妻をもつ関係で家には約300冊の絵本がある
結構な量である。しかしそのほとんどが古本です

どこかの誰かが、子供のために買い与えた絵本が不要になり店頭に並ぶ。
何度も読み込まれた絵本は破れていたり、落書きがあったり、ヨレヨレであったりします。
でもそのヨレヨレ絵本に時間の温かみを感じてついつい買ってきてしまいます(もちろん値段的にも)

そんな中から一冊
「しずくのぼうけん」マリア・テルリコフスカ作 ホブダン・ブテンコ絵
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ポーランドで1965年に書かれたこの本、40年経ってもそのPOPな絵と韻を踏んだリズムよい文体で、まったく古さを感じません。

そしてこの絵本は水がどこから来て、どのように日常生活の中に取り込まれ、また帰っていくかを教えてくれます。使用者である人間ではなく、バケツからこぼれ落ちた「しずく」の目線で描かれた物語は新鮮です。

子供に「水」の知識を与えるのではなく「想像させる」 その手法は日本の教育システムとは一線を画する描き方。

何の絵本を読み聞かせしたら良いか困っている、お父さんにお奨めですよ

2011年02月02日

冒険してみる?

NPO法人笹舟というのは「冒険家・石川仁」(以下、仁さん)との出会いから始まった。

仁さんとのセッションの中から「仙台=笹舟」というキーワードが生まれ、一緒に笹舟を作り上げた。舟作りを通していっぱい色んな事を教わった。大好きな人。

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(仁さんの後ろの葦船は32m)


仁さんはラクダを引いてのサハラ砂漠横断、イヌイットとの共同生活、国連大西洋横断プロジェクト葦船「マタランギ」参加、等々とんでもない冒険をしてます。
日本に帰ってきてからも各地で葦舟を使い色んなプロジェクトを行い
2005年には高知の足摺岬〜伊豆まで「葦船カムナ号」にて航海。
この前のCOP10でも名古屋〜伊勢まで「葦船ひかり」にて航海をしてきたばかりです。

そんな仁さんから「遂に動き出すよ〜」って連絡が入りました。
何でも広島でヨットを買ったから、そいつを千葉まで乗ってきて、ついでに太平洋を横断する。そして対岸(アメリカ大陸)で出会ったネイティブな人達に「次は葦舟で来るから待っててねぇ」と挨拶してくるという。
もちろん最終的には「葦舟による太平洋横断」プロジェクトである

うちの上の子は
冒険(散歩)が好き。考古学(穴掘り)が好き。ロープワーク(紐遊び)好き。
この前もテントやシュラフ、カヤック、ランタン等々の絵を冒険のための持ちのリストとして書き出していた。
彼の夢の一つは「冒険家」になることだそうだ。

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わたし「仁さんがまた葦舟使って冒険に出るってよ〜」
息子 「ぐおーっ、やりたいなぁ。大人になりたい!」
身近にホンモノがいると影響される。

どうなるんだろ。。。「かわいい子には旅をさせろ」というが、
送り出す親の立場というのは飛び出す本人より大冒険だとこの頃思い、
自分の今までの行いを反省するのであった。。。

冒険家・石川仁さんから連絡入りましたら、こちらのブログからもお知らせしますね

2011年01月18日

冬の凛とした空気が好き

この冬は寒いですね

築90年以上のわが家は、隙間風がヒューっと吹き込んで何とも寒々しいです。。
世は高気密工断熱の時代、外気がどんなに寒いかをTVの天気予報で知る時代。
現代の子供は外気に触れないため、肌の代謝がおかしくなっているそうです。
それでも子供はいつの時代でも外に出たがるもので、幼稚園から帰ってくるなりいつも困ってしまいます

そこで冬の間はうちはもっぱら「凧」である

今年は6歳児にも手作りできるグニャグニャ凧に挑戦。
息子に作らせるつもりが。。。。いつの間にか私が夢中に、、、

出来上がったら、いざ広瀬川に!グニャグニャ凧は噂どおりご機嫌に飛びます。
息子のぎこちなかったタコ糸さばきも「風ともっと仲良くなって、どう動かすか考えてみな」
という助言からヤミクモに走り回るのをやめて、上手に飛ばせるようになりました。
豆粒のように小さく見えなくなりそうになりながらも、飽きもせず懸命に糸を操る子供に去年とは違う成長を感じます

宮沢緑地はこの時期、土日は親子で凧揚げを楽しむ光景が多く見受けられます。
川沿いは年中、風が吹く場所。遮るものも少なく、仙台の街中では貴重な凧揚げ場。このままの状態が残ってて欲しいものです。


私も小学生の冬の時期は、近くに大きな空き地があり(小学校予定地でした)冬の時期は凧ばかりあげていました
それは祖父に買ってもらった「ゲイラカイト」という舶来物の凧で、駄菓子屋で買える凧とは一線を画し、よくあがる凧でした。祖父に玩具を買ってもらったのは後にも先にもそのゲイラカイトだけで、とても大切に穴が開いてもガムテープで補強しながら何シーズンも使い込んでいました。
2月にもなると周りの友達はだれも凧揚げをしなくなり、一人であげるのも何だか恥ずかしくなり止めた記憶があります。年中凧揚げしたかった。。


わが子には如何なるときでもとざされた空間で過ごさず、季節の風を感じられる子供であって欲しい