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広瀬川の歴史

行政 市民 自然環境・災害 その他の出来事
時代(西暦) 自然環境・災害に関する出来事
平安    
室町    
江戸

1603

1867

1611 大津波により、今泉で溺死50人、家屋流出
1616 大地震により、仙台城石垣破損
1617 洪水により大橋、花壇橋が流失
1637
洪水により大橋、花壇橋流失、死者231人、流失3,267戸
1647 大火により、川内などで1,594軒焼失
1652 大火により、4,161軒焼失
1694
洪水により支倉橋流失
1707 大火により、2,006軒焼失
1708 大火により、2,135軒焼失
1715 洪水により澱橋、評定橋流失
1719 洪水により澱橋、中ノ瀬橋流失
1721 洪水により澱橋、中ノ瀬橋、評定橋流失
1725 洪水により澱橋流失
1727 大火により、1,525軒焼失
1731 洪水により中ノ瀬橋、澱橋、評定橋、長町橋流失
1751 洪水により澱橋流失、大手門の堀・石垣が崩れる
1752 大火により、1,527戸焼失
1783〜86 天明の大飢饉
1812 洪水により大橋、澱橋流失
1835 洪水により大橋等流失、死者27人、流失2,416戸
1836 天保の大飢饉 仙台領内から三十万の死者 この飢饉以後毎年、桃源院で施餓鬼を行い、灯ろう流しをして供養
明治

1868

1912

1882 仙台でコレラ流行410人死亡
1889 洪水により大橋、澱橋、六郷橋、長町橋流失、死者22人
1905 東北三県凶作
1910 洪水により浸水2,105戸、越路橋橋脚二本流失

大正

1912

1925

   

昭和

1926

1988

1934 東北地方、大冷害
1947 カスリン台風、流失106戸、死者10人、根岸橋流失
1948 アイオン台風、牛越橋等流失 市内被害:倒壊9戸、流失6戸
1950 洪水により評定河原橋・宮沢橋など流失 市内被害:死者6人、行方不明4人、流失138戸
1958頃 市内、慢性的な水不足に
1961 工場汚水で広瀬川の魚類約20万匹死ぬ
1969 市内8万戸が断水
  ・70年代初頭をピークに水質悪化が深刻化、環境基準を上回る
1973 猛暑、カラカラ天気により市内で40%の給水制限
1978 宮城県沖地震発生
  ・80年代以降、水質安定化
1980 東北地方、冷害
1986 8.5豪雨

平成

1989

   

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