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広瀬川市民フォーラム・パネルディスカッション録

2003年3月21日(金曜日)14時20分〜17時

テーマT「ここが好きだよ広瀬川、ここが変だよ広瀬川」
テーマU「私たちの広瀬川宣言」

コーディネーター

佐藤善建氏(仙台都市総合研究機構常務理事兼企画調査部長)


パネリスト

江成敬次郎氏(東北工業大学教授)
濱田直嗣氏(仙台市博物館前館長)
関口怜子氏(ハート&アート空間Be I 代表)
日下 均氏(広瀬川創生プラン素案づくり実行委員会委員長)


■ 佐藤

 ただ今ご紹介をうけました、仙台都市総合研究機構の佐藤でございます。フォーラムの前半は、大変楽しくそしてゆっくりと、広瀬川の思い出や新たなる想いを伝えていただきました。これから2時間くらい、4名のパネラーのみなさんと意見交換をしながら、会場の皆さんとも一緒に考えていければと思っております。
  今回のテーマは、前半が「ここが好きだよ広瀬川、ここが変だよ広瀬川」となっていますが私の勝手で恐縮ですが、「好きだよ」というのは「広瀬川の魅力について」ということと解釈させていただき、広瀬川の好きなところについて皆さんにお聞きしたいと思います。
  先ほど読んでいただいたお手紙や画像の中にも、その良さが含まれていました。その中で、ゴミやサッカーボールなどが何ヶ所か浮いていたりと、それぞれの角度から見ると気にる映像が映っていたかもしれません。パネルディスカッションの前半は、良いところもあるけれども日頃どうしたらよいかと気になる点や課題になる点を掘り下げていただき、また会場からもご意見をいただきたいと思います。
  後半では「私たちの広瀬川宣言」とテーマにあげているのですが、短い時間なので、今日この場で宣言をつくるというよりは、そのようなものに繋いでいくために、私たちは「どんな広瀬川にしたいか?」「私たちには何ができるか?」と考えていきたい。そうしていくことによって、一緒にやって行く相手などが見えてきたり、また、してはいけないことなどが見えてくるのではないでしょうか?そのような市民という視点から、これからの活動が盛り上がれるかどうかの仕掛けづくりをしていきたいと思います。
  そこでまず、みなさんが普段広瀬川をどう考えているかを伺って、それをパネリストさんに受け止めていただき、話に入りたいと思います。 では、手元にある○×カードを上げてお答えください。

質問1 広瀬川が好きである。               → ○がほとんど
質問2 広瀬川は仙台のシンボルである。        → ×が多い(8割)
質問3 広瀬川は、景観が美しい。            → ×が3〜4割
質問4 広瀬川は、水がきれいである。         → ×が多い
質問5 広瀬川は、変化に富む。             → ○が多い
質問6 去年、広瀬川を訪れた。              → ○がほとんど
質問7 小中学校生の頃、広瀬川で遊んだことがない。→ ○×半々くらい

■ 佐藤

 実は、今の質問は、以前に創生プランを作る過程で、仙台市が市民3000人を対象に行ったアンケートと同じでした。今回ここにお集まりの皆さんは、広瀬川に関心のある方が多いと思いますが、アンケートの中では、問6.(去年、広瀬川を訪れた)と、 問7.(小中学校生の頃、広瀬川で遊んだことがない)の質問のように、経験の部分が非常に少ないという回答をいただきました。そして一番厳しく出たのが「水」のきれいさについて。高い評価が出たのは、景観などについてでした。
  それではこの結果を踏まえて、パネリストの皆さんに自分が行っている活動と自己紹介を兼ねつつ、お話を伺いたいと思います。 まず、濱田先生に、歴史的な観点から伺いたいと思います。

■ 濱田

 私は花壇に30年住んでいます。仙台市博物館に38年間通っていましたので、毎日広瀬川の表情をずっと見てきたことになります。広瀬川の嘆きや喜びを見てきました。毎日広瀬川の様子を見てきたため、私のフランチャイズは「大橋・評定河原」としています。もちろん広瀬川の全般を知りたいと思いますが、私自身はこのフランチャイズの部分しか知りません。だからむしろその中で発言をしたいし、歴史的視点で広瀬川を捉えていきたいと思います。
  私は、職場に通うとき、時々セキレイに会います。会った時は良いことがある、会わなかったときはさほどではないというのをジンクスにしています。 また、ライフワークの中でいうと、広瀬川は歴史の証人であります。だから非常に深みがあり、広さがある。探れば探るほど様々なことを川自身が教えてくれる、そんな感じを持っています。それと先ほど出ました"仙人橋下 河水千年"。政宗たちが1601年からこの土地にまちをつくり、城を築いた。その時期から政宗は、広瀬川を中心に据えて、永遠のまちづくり、永遠の城下の営みといったものを目指していこうとしていました。そのような発端があるのですが、その源は広瀬川と中国の黄河とを重ね合わせ、黄河の永遠性に結びつけて考えていたということです。

■ 佐藤

 次に、さまざまな「触れること」をテーマに活動を行っている、関口さんはどうでしょうか?

■ 関口

 私は、Be I(ビーアイ)という、子供が「来る・居る」場所を持っている関口です。市民活動としては、「風倶楽部」という、子供だけでなく人と広瀬川をベースに子供たちと遊んでいます。なぜ、そのような活動をするようになったかというと、10年ほど前、仙台が政令指定都市になる時に、「市民まつり」を「青葉区民まつり」にするときのプロデュースをお手伝いしたのが始まりです。その時、「青葉区のシンボルは何だろう?」「宝物はなんだろう?」と100人くらいの若い人たちにインタビューをしたら、「広瀬川」という解答がとても多かったのです。広瀬川は、みんなから大事にされ始めてはいたけれど、今のようにこんなに愛されたり、具体的な活動がされていなかったのです。その頃から、私も意識的に広瀬川と関わるようになったかなと思います。
  私は、「全ては、見ることから始まる」ということが大事だと思っているので、とにかく広瀬川に子供達を連れて行く、もしくは連れられていくのです。そして、「俺達広瀬川探検隊」とか「お宝探し」とか、去年ですと「目からうろこの竜ノ口」「目からうろこの広瀬川シェルベルト」とか、何かを発見できる態勢を作りながら、そこに行きます。先ほどどなたかがお話していましたが、ものすごく昔から広瀬川はあるのです。けれども今の私たちには広瀬川が見えなくなっている、私たちが動かなくなっている、またその大事な動きを作らないでしまったなというのがあります。
  だから、とにかく歩いて、見てもらって、発見してもらって、気づいてもらって、守るところは守って、残すところは残して、どうするともっと良くなるのかというのを子どものうちから一緒に探していく。ただ泳ぐとかではなく、何かそこに次のステップを持ちながら動いていく。ただ、遊ぶとかでは何かもったいないかなと思っています。

■ 佐藤

 ありがとうございます。では次に日下さんお願いします。どちらかというと、広瀬川の中流から下流を中心に積極的に活躍されていると思いますが、その辺の活動紹介も含めてお願いします。

■ 日下

 「広瀬川の清流を守る会」というのは、今から3年前に結成された比較的若い団体です。当時、旧建設省に蛍博士の遠藤さんという方がいらして、その方とすっかり友達になり、「広瀬川で蛍やりませんか?」という話から、以前にチャレンジしたけれど、もう一回やってみようかなという気持ちになり、会を結成して、翌年にはもう法人化という形でスタートしたわけです。そして、「広瀬川ドットコム」というホームページを立ち上げまして、先ほど映像で紹介していただいている菊池重雄さんが、「今日の広瀬川」というコーナーに毎日、雨の日も風の日も、まるで修行者のように写真を撮りつづけ、それをアップし続けているわけです。
  広瀬川の四季の事象とか、魚が死ぬというような現象とか、いろんな感情を込めた写真を撮りつづけているわけですが、広瀬川というのは平面的には良いのですが、細かく水面下まで見ていくといろいろな課題があります。 灌漑時期になると、六・七郷堀に水を貯めますので、下流域では水が枯れます。そうすると一気にアユなどが郡山堰の下で数千匹死ぬとか、あるいは先ほどのうらめしそうなナマズの死骸などのいろんな光景が繰り広げられます。
  そのような利水上の問題もあるし、治水上の問題もありす。長年放置された中州はどんどん堆積して、木も生えます。陸化していくというのは、洪水の危険も伴ってくるわけです。 県は管理者として、中州を除去していかなければならないわけです。今ようやく重い腰をあげやっている治水工事も、10年前の形に戻すということでやっているわけです。
  そのようなことを市民と共有の認識の上で進めて行こうという訳ですが、なかなか議論が進んでこなかった。そして、環境のあり方も、環境が一番、治水が一番ということではなくて、どれも大切なのです。「治水・利水・環境」そういったあらゆる面から川のあり方を、行政と対等の立場で考えて、市民としてやるべきことはやる、行政は行政として管理者の立場でやる。また、広瀬川は国も管理しています。広瀬橋から下流域は国が管理し、広瀬橋から上流は県が管理しております。仙台市は、水から上の部分の高水敷と、公園に指定している部分も管理しております。非常に入り組んだ行政でもあるわけです。そういった行政の立場や市民の立場を踏まえて、NPOは、「何が公益なのか」「何が社会的ミッションなのか」ということを学んだ上で、市民のみなさんと一緒に知識を深め、川のあり方を探し続けているわけです。「市民協働とは何なのか」というところを、これからの話の展開の中でさせていただきたいと思っております。

■ 佐藤

 では、最後になって恐縮ですが、江成先生お願いします。

■江成

 東北工業大学の江成と申します。専門分野は、水環境工学といっておりますが、「水環境工学というのは最近の言葉でありまして、もともと私が学生時代勉強した頃は、衛生工学という名前で、その中でも排水の処理を研究のテーマにしておりました。そういった関係で、現在でも水質がメインの仕事をしています。
  水質の面から河川との関わりを持っているわけですが、具体的活動としては、梅田川を対象に活動している「仙台リバーズネット梅田川」の方々と、「梅田川をもっとよくしていこう」という視点で活動しております。その中でも中心的に取り組んでいるのが、雨水を溜める「天水桶」ですけれども、それをそれぞれの家庭に設置して雨水を溜める。そして、その雨水を地下に浸透させ、いずれそれを梅田川に戻していくということを、健全な水循環と我々は言っておりますが、それを目指す取り組みをやっています。また、梅田川のお宝、梅田川の良さを子ども達と見つけていこう、交流していこうということで、年に一回、交流会や発表会に取り組んできております。 梅田川は皆さんもご存知のとおり、とても小さい川で、水量も非常に少なく、上流・中流・下流によって違うのです。四谷堰から取水された広瀬川の水を梅田川に流すことによって、梅田川の水量がある程度保たれている。そういうことで、広瀬川には大変お世話になっています。
 そのような活動をしているわけですが、仙台のシンボルとしての川は広瀬川なのであろうと思っています。しかし、市民の暮らしに身近な川というと、私はどちらかというと梅田川が非常に身近な存在であると思っております。そのシンボルである広瀬川の魅力なのですが、私の専門である水質の視点から見ると、これだけの大都市の中を流れる川としては、非常にきれいな水質であると言えます。数字的に水質を表す指標がいろいろあるのですが、代表的な指標の「BOD」という指標で表すと、一応きれいな水質ということにはなっています。
  また、先ほどの7つの質問の中で、「水がきれいだ」という質問に対しての回答が、一番否定的な状況で、圧倒的に×の方が多かった。これはいろんな解釈ができると思いますが、「自分が願っている水質」あるいは「広瀬川がこうなってほしいという水質」と比べるとやっぱりだめだよという、激励の意味というと変ですが、その願いの込められた数字なのかと考えられます。
 実は川の水質は、年中同じではありません。雨が降った後のにごりの水であるとか、あるいは、合流式下水道というシステム上の問題から出てくる雨天時の水質の問題など、いろいろな様相があります。そのような問題を考えると、100%もろて両手をあげて水質万全ということではないので、そのようなことが反映されているのかなと思いました。そういった意味では、みなさんは健全な見方としていると思います。
 もう一つの広瀬川の魅力としては、市街を流れている河川の中で、これだけ多様な自然環境、自然の景観、そういうものが見られるというのはそう滅多にないだろと思います。私がはじめて仙台に来た時に、川内から大橋を渡り、評定河原橋を渡って、向山の方を歩いた経験があります。大橋を渡るときには、確か広瀬川は北から南に流れているのですね。ところが大橋を渡って花壇の方に行って、評定河原橋を渡る時には、今度は南から北に逆流し、ものすごく蛇行しているわけです。私は生まれが関東平野なので、そういう川の姿を見たのはまさに生まれて初めてで驚きました。なんで逆流しているのかは、その時はわかりませんでした。後から地図を見て、こんなに蛇行しているのだと。しかも、その花壇には、非常に高い切り立った崖があります。その上にはこんもりした木立があるという景観から、もう少し下流に行って、河原町に行くと、比較的広い水面が見られる。そのような非常に多様な自然環境を持っているということが大変魅力だろうと思っています。 もう一つ、「広瀬川の清流保全条例」を持っていることが、ある意味では広瀬川の魅力であると感じます。
  昨年、私は四万十川に行って、シンポジウムに参加してきました。そこでも、「四万十川」の保全条例を今準備しているということで、その中心になっている方が、「広瀬川の清流保全条例」が出来て間もなく、その条例のことを学びに仙台に行ったことがあります、というようなことを話しておりました。そういう条例をもっているということは、広瀬川の大きな魅力の一つであると考えております。

■ 佐藤

 ありがとうございました。魅力を感じつつも気になることが、つい出てしまうと思うのですが、そういう中でも広瀬川に関わっているというのは、皆さんが広瀬川に魅力を感じているからだと思います。そこで、いくつか問題も出ていましたので、少し気になるところを皆さんに一言づつお聞きしたいと思います。では、関口さん、もう少し魅力の部分についてお聞かせください。

■ 関口

 みなさんがご存知かどうかわからないのですが、500万年前のタカハシホタテなどの「シェルベルト」が広瀬川の中にすごく素敵に残っているのです。それは、本当に川の縁か川の中を歩いてみないとわからないのですが、ご覧になったことあるでしょうか?
 では、さっきの○×でやってみましょう。「500万年前のシェルベルトを見たことがある人、○の紙を上げてください。ありがとうございます。私はシェルベルトという言葉そのものが世の中にあるということも知りませんでした。それは本当に綺麗なものです。広瀬川には、「素敵」も「不思議」も「美しい」も、ものすごくちゃんとあって、いろいろな鳥もいっぱいいるし、昆虫もちゃんといるのです。それなのに私たちは、車の上から見るだけで、直接触れていない。それでシンボルっていうのはとっても悲しいなぁと思います。
  私は子供たちと川こぎをして歩くのですが、本当にとっても気持ち良いのです。もちろん、後で出てくるような澱んでいるところもあるのですが、川の中から仙台の町を見たり、景色を見たりするのは視点がかわってとっても気持ちが良いのです。だからその気持ち良さを子供たちに残したい、守りたいというのが、今一番、私の活動の原点かもしれません。広瀬川は仙台遺産のナンバーワンですよ。仙台はなんたって広瀬川の河岸段丘で作られた街ですからね。 もう一つ、今日はお彼岸なので思い出すのですが、実は亡くなりましたうちの人と、何十年も昔ですが、よく広瀬川を散歩しました。今は散歩するのに限られたところしかなくなってきたので、触れられる道をちゃんと繋ぎたいというのもあります。

■ 佐藤

 ありがとうございます。お子さんたちを巻き込んだ、似たような活動をしている日下さんいかがでしょうか?

■ 日下

 実は、私はアユつりが好きでしてね。アユが原点なのですね。生まれは白石なのですが、白石川には小さい時からじいさんに連れられて行って、アユ取りをしたり、川で遊んだりという思い出があります。広瀬川も、天然溯上の川なのです。私の事務所が広瀬橋の根っこにあり、広瀬川を見たり、川にも入っておりますけれども……。
 会場のみなさん、広瀬川のアユを釣ったことのある人、○をあげていただけますか。(会場:○があちこちであがる)。いらっしゃいますね。では、広瀬川のアユを食べたことがある方。(会場:○がちらほら)。結構、いらっしゃいますね。しかし本来は、水がもっとあればアユがもっと上るのです。先ほどの映像にもあったように、アユが大量に死ぬというのが、私にはどうにもたまらないのです。仇をとってやろうと思ったわけではないのですが。
  大倉ダムを見ると、どんどん水を貯めているんですね。そして、6トン流れている流量に対して、許容量の水量の6トンを治水させている。そうすると下流域は水がなくなって、魚が死ぬのも当たり前ですよね。なぜそうなってしまうのかが、後でわかりますけれども、河川法上の問題ですね。今日は国土交通省の方がいらっしゃいますが、会を結成する前から、ずっと駆け込み寺として、電話をしたり、苦情を訴えたりしていました。河川法上から、それはあるまじき行為ではないかと。 ちょっと仙台市のことを言いますけれど、行政の窓口が本当にてんでんばらばらで、全体の環境というものを見ていなかったんですね。それが変わってきたのは、平成9年の河川法改正のころからです。「環境整備方針」の中に、環境にも配慮しなさい、国民の声を聞いてやりなさい、と変わってきたものですから、本来の関わり方という視点を置くようになってきたわけです。
 ということで、私の活動の原点はアユです、ということを申し上げたかったわけです。

■ 濱田

 私の原点は、コイなんです。広瀬川のコイはすごいもので、二十何年か前に、竜 ノ口が下がってくるあたりに淵がありまして、1センチくらいの竹の竿でやっていたのですけれども、パキ〜ンって折られて。季節によってお腹の色が変わるハヤも、よくつかまえたものです。そんな庶民的な魚の方が、私にとっては原点なんですね。アユはなかなか玄人じゃないと釣れないものですから、むしろ誰でも相手ができる魚も、もう少し大事にして育ててみたいなというのがあります。
  それと、先ほどの関口さんの「シェルベット」の話ですが、竜口渓谷を上っていくと、すごい化石群があって、それはまだ私たちが若い時代には、危険を覚悟で入っていけば、今おっしゃった素敵さというものを充分に自分のものにすることができました。けれど今、現代という社会が若い人たちからそれをシャットアウトしているという傾向も、片方で指摘しなければいけないかと思います。

■ 佐藤

 ありがとうございます。どちらかというと広瀬川は暮らしに身近というよりは、歴史的には、水との関わりが別にあった広瀬川があったと思うのです。そこで、ちょっと補足していただければと思います。

■ 濱田

 広瀬川の上流で取水し、それを城下に上げてしまって、そこから流れ出る水を利用したという形です。川の一番底のところを流れる良いところは、半分武家の階級が抑えているわけですから、町民の身近な水になりえなかったという要素があります(四ツ谷用水)。

■ 佐藤

 ここにお集まりの方からみると、当然知っているよというところがあったり、シェルベルトとか、初めて出た言葉もあったと思うのですが、清水とか清流というよりは、景観とか自然の豊かさを中心に魅力がでていると思います。ただ、気になるところもいっぱいでてきていると思いますので、その辺を整理していきたいと思います。みなさんからの意見をお願いします。

■ 関口

 子供たちと川こぎをして、仲ノ瀬橋から下りて大橋をくぐっていくと、本当に水が少ないものだから、青み泥というか、汚いところがいっぱいあるというのがまず一つ。米ヶ袋の辺りになると、生活雑排水がまだ流れていて、洗剤がとぐろ巻いている。わざとそこで、お結びのお弁当を食べることにしていますが、「これは何?」と子どもたちが聞きます。「何だと思う?」と返すわけなのですが……。
  先ほどは、半分の人は汚いという×のカードを上げましたが、49年に条例ができてから、私も本当にきれいになっているのだろうか、それは誰が決めているのだろうかと……。歩きながら実験して歩けるような仕掛けを、川のあっちこっちに作るというのはいかがですか? ビジュアルに目に見えるような形で、散歩しながらでもわかるようなそんな仕掛けを、今の時代だからできると思うので、私はしたいなと思うのです。みんなの協力がないとそれはできないですが。

■ 佐藤

 ありがとうございます。ここで、仙台市が行ったアンケートで参考になるものがあるので見てもらいたいと思います。(スクリーン表示)これは、広瀬川に関心があるかどうか、好きかどうかの、積極的に評価することのご意見を伺ったのですが、関心はあまりない。そして、若い人ほど関心があまり高くありません。
 次に、(スクリーン参照)「遊んだ経験がない」という経験の度合いについては、住んでいる場所に限定されるものではなくて、特に関口さんの話に出ていた、知るっていうこと・見るっていうことと、子供のころからの経験の度合いが大きいというところは、アンケートに出ているかなと思います。この辺を踏まえた上で、日下さん何かありますか?

■ 日下

 「川を見ざる」というところが結構あると思うのです。きれいだと思っても、実はきれいではないのだとか。先ほどの皆さんのお答えからも、はっきり見られていることがよくわかります。もし、みんな○だったら気持ち悪いですよ。関心があるから、良くしたいから、もっと魅力的にしたいから、批判的な目でも見なければいけないという気持ちだと思うのです。
 そして、広瀬川はやっぱり生きているんですよね。たとえば、政宗がいた頃の広瀬川には、水の量が今の10倍あったのではないかと思うのです。だから、フォーラムが始まる前、濱田さんと話をしていて、名古屋城にある大手門を九州でつくってどうやって運んだかという話になったのですが、まさに水の力で上にあげたというように、水の量が違う。昔は、瀬があり、淵があり、瀞(トロ)があり、川の形相を持っていた。それが、水がなくなってのぺっとなってきて、土砂が溜まってきて、広瀬川が広瀬川でなくなったというのが大きくあると思うのです。
 アユは一年の命なのですが、石苔を食んで育っていく。芳雅を放つというのは、まさにその石苔の良さなんですよね。水量があり水質が良いというのが、絶対条件なんです。 我々も全国のいろんな川に行って、アユつりの仲間もいたり、去年四万十川に行って川を見てきてもいますが、そういった川と比較してみても、広瀬川は都市化とともに非常に老齢化といったら失礼かもしれませんが、ちょっと高齢化しているんじゃないかということを感じます。川に対しては、水面近くからもう一回見てみようか、石をひっくり返して見てみようとか、もう少しそういったいろんな見方をしてみた方がいいと思います。そういったことを子供から大人までがやってみて、環境教育や総合教育の中でも、もっと接点を持っていいのではないかと思うのです。

■ 佐藤

 ありがとうございます。では、関口さんどうですか?

■ 関口

 ここ30年くらいかと思いますが、勉強していればいいという大人の考え方があって、"良いとこ取り"というか、知識の羅列の上澄教育で、危ないとか怖いとか、子供の時にそういうものと出会わせていない。川の中で足がすくわれるとか転んだりすることが実は大切だと思います。そういう経験がない大人がいたとしたら、すごく不気味だと私は思っているのですね。
  そのためにも広瀬川という場を子供のうちに借りて、そこでいろんな経験をしてほしい。ギバチとか、刺されれれば痛い魚がいたり。 小さな魚をとるために、子供たちが気持ちを合わせ、手ぬぐいですくって獲るということをするのですが、小さな魚だってそんなに簡単にはすくえないということを、感じたり、知ったりするわけですよね。だから、広瀬川にもっともっと出かけるための仕掛を、大人たちの度量というのを、今改めてもっと問わなければならないのかなと思います。危険にチャレンジして、というのが必要なのだと思います。広瀬川という場の力を借りなきゃと思います。仙台を知る直感教材のナンバーワンですよ。

■江成

 水量の問題はやはり、現在の広瀬川が抱えている大きな問題のひとつだと思いま す。ただ、これも数字としてどれくらい減っているかはなかなか難しくて、そう簡単に数字は出てこないんです。そういう意味では、減ってないのかもしれない。だが、印象 としては確実に減っているようです。
  それは、1つは水の利用の仕方にも関係している可能性が有ると感じております。単に水の量の増減という事ではなく、利用の仕方をも う少し工夫することによって、水量の不足から出てくるいろんな問題が改善される可能性もあると思っています。
  それから、水量と水質というのは非常に関連していまして、川には元々自ら浄化する能力、いわゆる自浄作用があるが、水量が多くないとその自浄能力が弱まってしまうという事なんです。自浄能力が十分あれば、多少汚れが入ってきても、自身の中で分解されたり、いろんな形で解消されるんですが、水量が少なくなるとそれが出来なくなってくる。
  結果として水質が悪くなってくる。水量の問題は、これからの広瀬川にとって、やはり大きな問題でしょう。 私たちがよく見る広瀬川は中心市街地がメインですが、その水量を支えているのはやはり上流部分から流域全体です。そういう水源地帯の状況に、市街地に住む者ももっと関心を持って、一体今どうなっているのか、ということを考える事も重要なのではないかと思っております。

■ 佐藤

 ありがとうございました。最初の質問から始まって、景観とか触れ合いの話になりました。状況が変わってきているという事は、端的に皆さんのご回答にもありましたし、自然のよさ・環境・景観を含め、動物その他を含めた話もありました。最後は、水量と利水、一言で言えば、今の私たちの暮らし方が影響を与えるんじゃないかというお話でした。
  この辺で、普段気になっている事、ご意見などあれば、会場からご発言いただければと思います。

■会場

 川は人間の生活との関わりの中にあると思います。川そのものだけではなくて、広瀬川という川が仙台という街と、或いは仙台に住んでいる人と、どのように関わってきたか、その歴史を知ってもらうのが、川を理解してもらう早道だと思います。
  一例を挙げると、城下の人々に利用してもらうために、政宗が郷六の取水口から水を 引いた。それがどこの場所で、どういう風に引いたんだという事が、広瀬川を散策して いる時にすっとわかるように、標識をつくる。その取水口のもっと下流には、中央堀と か六郷堀の取水口もありますが、それが仙台の人たちにどういう恩恵をもたらしたのか、 わかるような看板を立てる。
 それから、大橋があります。橋は変遷しているんです。昔は木橋だったのですが、一時代前には鉄橋だった時期があるんです。現在の石橋になっています。橋は、川利用者 にとって極めて影響のあるものです。それがどう変遷しているかをわかってもらうには、西公園から青葉山の方を向いた鳥瞰図を書く。二の丸、三の丸もあったわけですが、そ ういうものをわかるように書く。そこで、江戸時代の橋はこうだった、とまとめてあれ ば、広瀬川を理解してもらえるのではないかと思います。  

■佐藤

 ありがとうございました。もう一方か二方、何かありませんか。

■ 会場

 先ほどの関口さんの話に同感です。昔から川には子ども達が中に入って、魚とりや虫とりをして育ってきたわけです。危ないとか、すべるとか、そういう事にこそ、子ども達の成長というのはあると思っています。 川を鉄筋で固めていますが、そういう事をすると水が自然に浄化しない。流れの中に草、アシがあって、そこを通って初めて浄化していくわけですね。そういう事を大人、今までの河川行政は反省しなくてはならないと思うんです。子どもの輝くような歓声が、川をきれいにしていくんじゃないかと思っています。

■ 会場

 水量が減ったから、川が汚くなるのではありません。小さな小川であっても、き れいな川はきれいです。瀬があるという事ですね。瀬があれば、どんなに川の水が少なくても、酸素が混ざり合って有機物を分解し、きれいな水になります。従って、すべるという現象もなくなります。 わたしの小さい頃は、もちろん泳ぎも川で覚え、砂鉄を取ったりしました。

■ 佐藤

 ありがとうございました。次は、広瀬川をどういう風にしたいと思うかという質 問に、皆さんに参加していただきます。私はそうだと思う、というときにだけ○をあげて下さい。何回あげていただいても結構です。

アナ:では、今度は河川整備の事について皆さんの考えを伺いたいと思います。次のうち、 皆さんの考えに比較的近い方に丸を挙げてください。この5つになります。

質問8  広瀬川には一切手をつけないで自然のままがよい。
質問9  コンクリートの堤防や護岸はやめて、もっと自然の状態に近づけて欲しい。
質問10  親水ゾーン・自然保護ゾーンなどを、みんなで決めて整備をして欲しい。
質問11  観光や集客などによる地域振興も考えて、整備をして欲しい。
質問12  治水・安全を第一に考えて、堤防・護岸の整備・中州の管理などをして欲しい。

■ 佐藤

 ありがとうございました。大体の数ですが、私から見ていて一番難しかったのは、質問8ではないでしょうか。自然のまま、というのが私自身から見ても交錯する所です。
  あとは、コンクリート護岸のようなものはやめたいというのが9割くらい。逆に、ある程度自然のままであって欲しいが、ある程度川との接点を、という意味での親水ゾーン・自然保護というのは8割。
  だが、観光となると、それはちょっと違うんじゃないかと。結果的にそうなるかもしれないが、最初からそういう方向でいくのは違うんじゃないかというのが3・4割くらい。そうは言っても、安全は大切だというのが6・7割。このような川に対する想いと期待があって、それが整備に対する皆さんのご意見だったのではないかと思います。それを踏まえて、パネリストの方々、ご意見をお願いします。

■ 濱田

 私は景観というものを、自然景観・人口景観・歴史景観という3つで捉えている んですが、その3者をどのように今という時代に最も適した状況に持っていくかという事ではないかと思います。広瀬川そのものについての質問でしたが、周辺の景観・状況とあわせて、川の行く末を考えたほうがよいと思います。 手前味噌ですが、今年仙台城が、国の史跡に指定される予定になっています。本丸跡、東北大学のある二の丸跡、博物館のある三の丸跡が指定になっておりますが、中途半端ですね。なぜ、広瀬川や竜ノ口や経ヶ峰が入らないのか。要するに、広瀬川・竜ノ口のないお城跡はどこにでもあって、考古学的・建築史的には有効なのかもしれないが、市民にとってみれば、広瀬川があってのサンクチュアリなんじゃないかと思います。周囲のものを考えながら、それを踏まえて、本命の川というものを考えていかねばならないと考えています。
  周辺が大事だというのを私流に言いますと、冒頭にお話があった文章をまた引用しますが、「仙人橋下 河水千年 民安んじ 国安んじ 尭天といずれか」という、中国の聖なる時代に並んでみたいという文章なんですが、これに続いて、「津梁の大なる哉 直に仙台に昇る 大橋から西を見ると、仙人の住むうてなを望むことができる。虚空は背上にして 車馬往來す 大空を背景にして、城下の人たちがいそしんでいる。」 そういう景観がこの時期にあったわけです。
  今、聖なる川と捉えたいと、400年前の人 たちが据えた大橋からの景観がどのようになっているか、最近ごらんになったことはありますか。大手門のすぐ後ろに巨大な量塊が建っています。仙台の知性だと思っていた東北大学がすごいものを建てしまったという。あれは、無知のシンボルとしてしばらくの間はあると思うんです。そうい現代が突きつけるリスクはやはり周辺で、広瀬川というものが負いながらいくということだと思います。私はこの事だけは、常に悪口を言っていきたいと思います。あそこの前に、化け物みたいな建物なんか建てることは出来ないのだ、ということを。そういった過ちは時代が犯していくのだが、それに耐えながら広瀬川が流れているというのを歴史の中で捉えてはいかがかでしょうか。

■ 佐藤

 ありがとうございました。歴史・周辺という貴重なお話がありました。先ほど会場の方から四ツ谷用水に関する質問もありましたが、それを踏まえて何か。

■ 濱田

 それは四ツ谷を専門にやっている市民団体がおありですので、ぜひそちらの方に コンタクトをとられて、積極的に参加されてはいかがでしょうか。また、橋等の事は、それぞれのセクションで機会があれば考えていきたい。おっしゃったような体系的なものはまだ出来ていませんが、他の橋も面白いものがたくさんあると思います。

■佐藤

 ありがとうございました。次は、江成先生どうでしょう。

■ 江成

 色々な問題があって、すべてには触れられません。専門である治水の問題についてお話しようと思います。 先ほど日下さんからもお話がありましたが、河川に関わる行政の姿勢が、治水・利水に加えて環境が非常に重要だというスタンスになった。しかし結論を言えば、十分それが機能している段階では必ずしもない。
  これまで治水・利水というスタンスでやってきたのが、環境を考えなきゃいけないという風になってきたのは、ある意味では河川が果たしている環境的な要素も含めて、広い意味での利水というと変な言い方ですが、そういう風にも捉えられるのではないか。河川というのは、単に水が流れている道ではなくて、河川が持っている環境が、私たちの色々な環境を形成しているという見方ができる。
  それでは具体的にどうするかという事になると、マニュアルをつくってできるものではない。従って、各河川で地形条件・流域条件を考えながらやらなければならない。ある意味では流域に暮らす人の力量が問われると言えるのではないでしょうか。その前提として、流域の人々の意見・声を反映するシステムがつくられていなければなりません。それと同時に、私たち自身が川の姿を、将来を含めて考えるための力量をつける努力をしなければならない。そういう時代がきていると思います。
  また、フロアの方から水量と水質の問題についてお話がありました。私の言ったことが言葉足らずで誤解があるようです。水量が減ると自浄能力が低下して、それが水質の悪化につながっていく。水量が少なくなると水質が悪化するのではなくて、水量が減ると自浄能力が低下する。その結果として水質が悪化するという事です。若干誤解を与えたとすれば、少し補足いたします。

■ 日下

 核心部分の、広瀬川創生プランとは一体何なのかという話につながっていくかと 思いまが、いま江成先生が言われた事は、いわゆる川づくりのシステムづくりだと思います。いくら行政が立派な法律・条例をつくり、河川に対する関心度を高めようとしても、市民が川の方を向いていなければ川づくりは出来ない。川はハードの整備だけではなく、川の使い方、接点の持ち方というのが大切だと思います。行政はあくまでも市民参加の上で、川づくり・河川行政を進めなければ、市民にとってはまったく関係のないところで河川行政が進められていくことになる。 仙台市の中にすっぽり入る広瀬川は、仙台の象徴・文化であり、宝です。仙台の788平方キロメートルの約2分の1が広瀬川の流域面積になっています。つまり、広瀬川をきれいにするという事は、仙台市の半分をきれいにするという事になります。
  山から名取川の合流付近までをどうするか、治水・利水・環境の面をどうするか、それを市民参加で考えていく時だと思います。流域の皆さんが洪水の被害にあった経験もありますし、利水の面の意見、或いはずっと環境を見てきた方の意見もあります。どのような形で川づくりを進めていくかは、まさに市民協働の形なんです。言うだけでなくて、逆にあなたは何が出来ますか?という所に次のステップが移るんだと思います。
  我々NPOというのは市民の集まりであって、そんなに力はありません。全くないと言ってもいい。川づくりにみんなで関わって、輪が広がっていき、河川管理も県から市に委譲される、あるいは川づくりにもっと市民の声を入れていくという事を、議論の上で考えていくというのが、次の新たな一歩になると思います。今日ご参加の皆さんにも、もっと参加していただきたい。

■ 佐藤

 こうしたい、次はこういうことをやろうというのを、積極的に発言していただき ました。みんながそういう考え方になれれば、大きなパワーになると感じながら伺いました。先ほどからずっとふれあいについてもお話を頂いていたと思います。川と接点をつくっていく、というような話がありましたが、できるのか。自分達はどうしたらよいか。川に出かける、接するというのはわかったが、次はどうするのか。

■ 関口

 広瀬川はたくさんの切り口を持っているので、広瀬川クラブというか、学校とい うと堅苦しいので、クラブというようなものをつくってはどうでしょうか。江成先生のような、どういう風に川をつくっていくかというハードを踏まえた専門の人たちもいるし、世の中にはすべてに専門家がいるんですよね。そういう人たちに広瀬川クラブの顧問になって頂いて、しょっちゅうクラブ活動があるといいと思うんです。今日のこの会も、そのファーストステップではないでしょうか。 広瀬川を本当によくしたい、その為の切り口がまず出来ないとダメだと思います。関心を寄せたり、興味を持っている人がいるというのはわかったわけですから、水質も含めていろんな切り口をつくっておいて、顧問がインタープリター、ファシリテーターになって、クラブ活動をしていける仕掛けをまずつくる事がよいのではないでしょうか。
 また、私達の活動がどういうものか、ビジュアルにしていかないとわかりにくいと思い、小冊子をつくりました。広瀬川の周りは、自然環境も、歴史的にも文化的にも、仙台らしさが唯一残っている所です。特に私たちがフィールドにしている大橋とか仲ノ瀬橋の界隈はそうです。それをうまく、ルーフレスのミュージアムという考え方で残していけたらと思います。
  広瀬川河岸段丘回遊公園というような広大なイメージで活動している人たちもいます。あんまり派手に壊すのではなくて、今有るものを本当の意味で整備するという形で、50年後の広瀬川をイメージして活動をまとめた冊子を作ったのですが、その時、想いをいつも熱くしていられるようにするのはどうすればいいのだろうということを考えました。活動している人たちはだんだん減って、年をとっていきます。ハードなフィールドワークは若くないとできないのです。そのためにやはり子ども達を連れていかないとだめかなと思います。
  去年たまたまハーバードの自然史博物館に、教育普及の勉強に行ったんですが、自然史博は歴史がありますから、次第に盛り上がりが下火になっていくわけですね。活性化されていかなくなってしまう。それでどうしたかというと、館長さんが変わられた時に、全米から教育普及のエキスパートを選んで、その人に任せたんです。それによって学校との連携がうまくいって、子ども達がたくさん博物館に訪れ、生きたものを入れない博物館で、教育普及のために生き物を使って教育普及してるんですよね。それを見た時、広瀬川というのは私たちにとって本当の意味での生きたミュージアムなのですから、もっと力を出して、子ども達を巻き込んで、若いお兄さん・お姉さんにもお手伝いしていただきながら、何かやれるんじゃないかなと思いました。

■ 佐藤

 ありがとうございます。広瀬川をテーマにすると切り口が広くなります。特に今話題になっていた中で、水質の話にしても、流域によって考え方を変えなければならない。それを踏まえてご意見を頂いた上で、最後にどういうことをしたらよいかを考えてみたいと思います。そこで流域を意識して、普段考えている事を一言ずつお願いします。

■ 日下

 広瀬川の河岸段丘、それから蛇行しながら流れていく川というのは、非常に特性 を持っているんです。先ほど言ったように瀬あり、淵あり、トロあり。瀬というのは太陽光線・酸素を吸い込んで、生命の活性化に非常に役立つ部分。トロというのは魚が休む部分です。いろんな場所があって流れてくる。一面的にこうであるべきだというのはないわけです。川の事なら川に聞け、魚に聞けという川づくりが一番いいと思います。 もうひとつ、市民との関わりは、やはり地域に住んでいる市民の皆さんに、そこで一生懸命に考えていただく。全体の利益の事も考えながら、川のあり方を考えていく事が必要だと思います。総合的な学習でも色んな見方があるでしょうが、基本は川が主体です。川を主人公にした関わり方を考えるべきです。

■ 関口

 昨晩もメディアテークで「共有のデザイン」という勉強会があったんですが、広 瀬川を私たちの事という風に考えられる仕組みが今大事だと思います。

■ 佐藤

 追加質問なのですが、関口さんのフィールドから言うと、やはり水源・上流域と いうよりは、ある程度人が入れる、中流域ぐらいを考えているのでしょうか。

■ 関口

 はい。私は都市の中の自然として広瀬川を捉えております。45km全部はとても 動けないので、限られた所で動きたいと思います。

■ 濱田

 私も、テリトリーをちゃんとそれぞれがもって、それを生かすのが良いと思いま す。もう一つは、人に言いたくないような、本当に愛している者だけが楽しめるという面があってもいいのではないかと思います。みんなおいでと無理矢理連れてくるのではなく、個人個人が大切にして、川を思う資格のある者だけが発見できるのだという一面があってもいいのではないでしょうか。

■ 江成

 どんな川にしたいかということですが、具体的な姿としては、上中下流域に応じ て変わってきます。それを個々にというのも難しいので、私のフィールドから一言で言ってしまえば、"清らかな水が豊かに流れる川"という事になります。上流に見合う水量、下流に見合う水量が違うのも当然です。そういったことを含めて、清らかな水が豊かに流れる川というのが広瀬川の基本的な目標だと思います。

■佐藤

 会場から何か有りませんか?

■ 会場

 今日のフォーラムの映像を担当しました。毎日広瀬川に通って、「今日の広瀬川」 というホームページをつくっています。自然のすばらしさと、問題点も平等にやっております。皆様に大変申し訳ないことがあります。私のフィールドは広瀬川から愛宕橋の間なんですが、先ほどの映像の緑は、今はもう見られないんです。今年1月から始まった河川工事でほとんどなくなりました。いつも広瀬橋あたりで見られていたネコヤナギ、堤防から見る事が出来たカワセミ・キジ、カジカガエルの鳴き声も聞こえていたのですが、あの場所が丸々撤去されましたので、もう二度と見られなくなりました。文字通り貴重な映像になってしまったわけです。
  現在、工事は牛越橋まで、市街地を流れる広瀬川の緑をほとんど取り除くという事でやっております。どんどん緑が失われている。広瀬川創生プランづくりで今後広瀬川をどうするかを検討している一方で、緑が壊されていっている。創生プランで、県にストップをかけるべきです。市民の声で決まった時点で進めるのならわかるが、創生プランが出た時点ではもう緑はなくなってしまっている、という馬鹿な話になる可能性があるんです。あの映像を見た皆さん、川原に行って、現状を見てください。

■ 会場

 川は水が流れて本来の川だと思います。私たちは川を利用させてもらっている。 魚をとったり、泳いだり、有難うという気持ちが大切です。今日の広瀬川が参っているというのは、第1に水源だと思います。"広瀬川に水を呼ぶ供(トモ)の会"をつくりたい。そして上流まで仙台市である広瀬川に、市民の手で一年に1千本、10年かけて1万本の木を植えれば、川を大切にできるのではないか。川を自ら愛し、恩恵を受けて暮らしていければいいと思う。
  もう一つ、釣りの監督指導者から、「アユとハヤに白い斑点があるのがいます。大橋の下はブラックバスが繁殖している。こういう場に来た時に発言してください」と頼まれました。 家は追廻ですから毎日見ています。やはり水の流れはちゃんと保って欲しいんです。 川もそう言っています。

■ 会場

 利水・治水・環境の3点があるという話がありましたが、ようやく環境問題を考 えるようになってきた。そこにパネル掲示をさせていただきましたが、利水の点、産業に関わる所で堰を調べてみました。明治の建造物ですね。魚道は郡山堰の所で昭和になってつくられました。でも、魚道は本当に魚が登れるのでしょうか。北堰も、明治3年の春の工事でつくって、そのままです。堰になっているので魚が通れない。 宅地化もしておりますので、どれだけの水がいつ必要なのかという科学的なことも調べていただきたい。それは仙台市の仕事だと思う。    

■佐藤

 これまでの発言を踏まえ、どういう方向で考えるべきでしょうか。

■ 日下

 会場から説明がありましたが、自然の野鳥・植物を目の当たりにしていると、そ れが失われる事には大変な抵抗を感じます。ただ、治水上それがはたしていいのかということになると、必要な工事として検討していくという立場もあったわけですね。工事の仕方において、治水のために中州の樹木を取ることが妥当だったのか、疑問に思います。
  広瀬川河川環境協議会の会長もやらされて大変悩んだのですが、環境に配慮しながら治水・利水工事をするという事は大切です。そこに我々がどういう参画をしながら川づくりをやっていくか。それが、これからの河川行政のあり方だと思います。
  我々も川に入って、河川清掃を毎月やっております。川の中のゴミを拾いながら、どこからゴミが来るのか、魚がなぜ死んでいるのか、と考える。一人ではなく、みんなの目で見て、みんなの口で話をする。それを説明した上で、川をどのようにして欲しいのかということを言わないといけない。時間はかかりますが、今までとは違う広瀬川のあり方、よくして残そうという想いを伝えていこうと思います。

■ 濱田

 市民と行政の本当のコンセンサスがあれば、「こういう時期がきたのでこうです」 ということをお互いに納得づくでやってもいいはずなのに、相変わらず同じ事が定期的に行われる。やはり、川を見に行って感じてくるというのが、仙台市民として、川を語るときの義務ではないか。
  それから、広瀬川にだけ焦点を当てるというのもありますが、もう少し大きな視野で見ていくのもよいのではないか。東北工業大の島崎先生がお書きになっているのですが、政宗がお城をつくった時に、まず下を流れる広瀬川があった。その左右に大きく手を広げた所の右側には、阿武隈川があった。左側には北上川があった。その3つの川の連携を考えたであろうという文章があります。近づいて見るのも良いのですが、空高く離れて見る事も大切ではないでしょうか。

■ 関口

 やはり広瀬川をちゃんと見る、そしておもしろがって活動する人、意識して動け る人を増やすことが一番の課題なのではないか。私は具体的に、親子で、一万人の広瀬川の道普請というのをずっと言っているんですが、鮭が自分の川に戻って来るように、人も活動した所を大事にしたいのだと思います。
  それから、以前に志津川に子ども達を連れて行って、500年もの、400年ものの杉を見て回った時に、この杉の仲間が実は大橋の橋桁なのだという話を聞き、もっと山とつながらないといけないと感じました。つながらないで動いてきた大人に責任があるわけで、それは行政も同じ。もっと話し合ってやっていかないといけないというのが課題だと思っております。

■ 江成

 フロアの方々から出された問題について少し触れたいのですが。工事の問題、河 川整備のやり方について、2つの視点から考えないといけないと思います。一つは手続き論ですね。河川整備或いは工事を進めるにあたって、市民の方と一緒に進めて行くというスタンスに法的にも立ったわけですから、その面で今回のやり方は手続き上に問題があったという印象があります。
 もう一つ技術的な視点から考えるという事で、これは必ず洪水・治水の問題と絡めて議論されるし、そうしなければならない。その時に、きちんとした議論をするためには、できるだけのデータを出す事が両方のサイドに必要ではないでしょうか。環境を大切にする視点からも、洪水を防いで安全にするという視点からも、ちゃんとしたデータが必要です。
 中州に樹木が生えていれば物理的に流れの障害にはなるわけですから、安全性が低くなるのは当然です。だが、どれくらい低くなるかという具体的なデータがないまま議論されているのが実情です。環境サイドでも、乱暴な言い方ですが、中州の樹木を一旦切り払っても、再生がまったく不可能ではないという事も言える。具体的にそれが環境上どういう機能をしているのか、というデータも出てこない。単にそこを保護すると言っているだけでは、なかなか合意形成は出来ないのではないでしょうか。
 その為に、河川の管理者が住民にとって身近な所になってくる事が必要でしょう。その点で、国の管理より県の、更に市、区の方がもっと身近です。広瀬川の全流域が仙台市に属しているわけですから、広瀬川の管理を仙台市が行える状況になる事が必要なのではないかと思います。そういう姿勢を仙台市が打ち出してきている事に、期待しています。川は流域の鏡です。そこに住む人々の姿を映していると思います。そういう意味で、川づくりは流域づくりであり、まちづくりであり、人づくりだと考えております。

■佐藤

 では最後に、パネラーの皆さん、一言ずつお願い致します。

■ 日下

 河川管理は、都市河川につきまとう事です。工法に関しては色々工夫され、生きもの・環境を守りながら工事をするという多自然型工法を進めるように、法律も平成9年から大きく変わっていますね。関正和さんの「大地の川」という本を読みました。建設省が変わったと思ったのは、自然に対する恐れを持って、最低必要限度の手を加えることで自然再生を図ろうということを当時から考えておられた点です。我々としては、そういう考え方を知り、また広めていく事が必要ではないでしょうか。
  単に行政だけを批判すればなんとかなることは、実際にはないんです。連携というのは、お互いの立場を尊重しあいながら対等な形で話をし、川づくりに参加していくというもの。我々NPOの力は小さいが、共に広瀬川という仙台のシンボルをよりよく変えていくという事の第一歩が、今回の創生プランではないでしょうか。
  川というのは、地域・市民共有の財産とも言いますが、もっと広義で考えれば、地球の血管だと思うんです。いたずらに血管をいじってしまうと、下半身は壊死して死んでしまいます。或いは血管の中に潰瘍や詰まらせる原因が出来たりします。健康な形に戻すために、できるうちに手を加えながら守っていく、させていただくという気持ちだと思うんです。そのために私たちは、川というものをよく知り、根本から考えていきたいと思います。

■ 関口

 もう言う事は言いましたので、あとは動くだけだと思います。

■ 濱田

 基本的には同じなんですが、まず最初に川があったということです。あとは、我 が知事は地方分権の旗手ですから、ぜひ仙台市に、仙台市民にこの問題は譲っていただく、分権をしていただくという風にお願いしたい。

■ 江成

 私も、基本的には今まで話した事と同じです。繰り返しになりますけれども、川は流域の鏡であるということですね。いろんな事が、川に映し出される。ちょっと具体的なことに触れさせていただきたいと思います。
 私は、冒頭にお話しましたように、梅田川を主として仕事をさせていただいているのですが、梅田川の水質を調べておりますと、一時期より本当に随分きれいになっているんですね。普通の川になっています。ですが、若干汚れの質が変わってきている部分が見られる。というのは、窒素とかリンの関係がちょっと気になってきている。それはどこからきているのか。まだ確証は得られていませんが、1つの可能性として、最近園芸をやられる方がいらっしゃる。そこで肥料を庭木・草花に与えたりします。それが川に入ってくるというのは、皆さんあまり考えていないのではないでしょうか。
  ところが、雨が降ったりすると、そこから肥料分が結構川に入ってきているのではないかと感じております。先ほど関口さんから、広瀬川に生活雑排水が入ってきているというお話がありましたが、基本的には下水道整備がされていますから、入ってこないはずです。雨水は広瀬川に流れるようになっていまして、汚水は下水管に入るようになっているというのが基本です。ところが、例えばベランダに洗濯機を置いて洗濯をして、その汚水をちょっとベランダに流しますと、それは雨水のルートで流れていきます。あるいは、車の洗車をする。当然洗車は外でやりますし、洗剤を使ったりすると、その水は雨水のルートで広瀬川に入っていく。そういうことがやはり日常生活の中でゼロではない。そういう人間の行動をゼロにする事は出来ないと思うんですが、それをどれだけ少なくしていくのか、生活の中でどれだけ気をつけるのか、まさにそういう姿が川に映し出されるという風に感じております。 もっと大きい部分では、先ほど植林の話も出ましたが、そういう活動から非常に身近な所まで関わってくると感じております。

■ 佐藤

 ありがとうございます。そろそろ予定の時間が近づいております。私もこの場で皆さんと一緒に勉強したつもりです。最後に、私がお話を聞いて印象に残った事を整理させていただいて、フォーラムのまとめとさせていただきたいと思います。
 異論はあるかと思いますが、もともと最初に掲げた魅力というのは、細かな議論とか スポット的なものを別にしますと、共通項で自然、その他という形で全部挙がっていて、皆さん気付かれている。だけどやはり、それをどうするか、どういう風にまとめていく かと言うのはいろんな見方が出てきて、これはどうして変わったのか、どのようにして いくのか、ということについては今日の議論では必ずしも1つにならずに、いろんな組合わせが出てきました。
 その中で重要だと私が気付かされたのは、会場からもありましたが、歴史と生活のありようです。最後に江成先生もおっしゃいましたが、私などはベランダから流れる水まで考えていないですね。実は私はその犯人みたいなもので、マンションに単身赴任でいるもので、週末に植木鉢をちょっと外に出して日に当てたい。水をあげると、川に流れ込んでいるはずなんです。そんな事を考えると、気付かない所から、人の生活のありようというのは自然と深い関わりをもっている。傷つけているかどうかはわかりませんが、こういう所が大事です。人の生活のありようというのを、いろんな立場で見るようにする。その中に、歴史的な事から勉強すると気付く事がいっぱいあると思います。会場からもありましたし、濱田先生からは大分広い観点で、川は川だけで見るな、というご意見をいただきました。
 それから、関口さんから時代を繋ぐという意味で、子供の問題等が出ましたが、最後 にソフト的な提言と言いますか、クラブ活動を好きな人がやるというご意見がありまし た。そういった事から入って、人の関係性をもってやる。そうでないと、エネルギーが無くなる。最近流行りの言葉で言いますと、この想いのDNAを次の世代に繋げていかな きゃならない。それをどうするか。接点と言う意味では、使ったり触れたりしないと良さがわからないと言う事を、たくさんご発言いただいていたようです。
  それとの関係で、会場からも出ましたが、ここにいらした方は去年川に行きましたかと言ったらほとんど○でした。ところがアンケートをとると、それが非常に少ない。知らずして語るなという言い方も今日あったと思います。それと同時に、語るために知ろうという両面があるのではないでしょうか。今日の会場だけではなくて、いろんな方にそのことを伝えていくというのも、一つのきっかけなのではないかなという事に気付かされました。
 それからやはり、行政と市民との関わりがあります。行政もいろいろ変わってきているけれど、市民もいろんな想いを持っている。そろそろそういう事がかみ合う場が出来つつあるのかなと、会場からのご発言や、業務を通じて若干関わっておられる江成先生、日下さんのご発言からみて、そう思います。
 ではせっかくそうなのだから、これは自分たちが考えないといけない。要するに、江成先生の言葉を使わせていただくと、「川は流域の鏡であり、人々の生活・姿を映す鏡。だから川づくりはまちづくり、人づくりなのだ。」という非常にまとめにふさわしいお話をいただきました。それをやる為に、官民という表現だけでは、集まった皆さんや色々活動されている方自身は、簡単に答えはでないと思われると思います。もっと意見を交換して、少しずつ形にしていく。ゆっくりでもいい、川の流れに比べたら、まだまだ時間もあります。先ほどの中洲の話のように、なるべく早く意思表示をしてやらないといけない部分もあると思いますが、それを含めて意見をどうやってまとめていくか、これが非常に大切です。
  今日の主催は広瀬川創生プラン素案づくり実行委員会、NPOの方々ですが、冒頭で日下さんが、この次はもっと広くたくさんの方に入ってもらって、本当の案づくりをしていく場を用意しているんだとおっしゃいました。そういう場に参加して、スポット的な話だけではなくて、自分達の意見を少しでも反映させていくという事なら、少しずつそれぞれの想いが結びついていくのかなという印象です。
  今日は勉強させていただきました。勝手に自分の気がついた所だけまとめました。違うぞ、まだ言い足りない事があるぞと言う方もおありかと思いますが、ぜひこのエネルギーを次に繋げていく事が出来ればと思っております。

以上


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