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私の広瀬川インタビュー

広瀬川に関心がない人たちにできるだけ広瀬川へ目を向けてもらえるよう、市民にとって身近に感じられる仙台市に関係の深い著名人に、広瀬川との関わり、想い等を語ってもらいます。
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第12回サンドウィッチマンさん
平成20年11月29日(金)
17:45〜18:45

 場所:仙台サンプラザ5階「アイリス」
聞き手:丹野靖子(仙台市建設局広瀬川創生室) 
 
サンドウィッチマンさん
左が伊達みきおさん  右が富澤たけしさん

 

『サンドウィッチマンのコンビ名について』
聞き手

 まず最初に、コンビ名「サンドウィッチマン」という名前の由来は。
伊達さん
 一時期3人でやっていた時があったんです。それで3の付く名前を考えていて、例えば、三角関係とか、三途の川とか、それでサンドウィッチマンがいいかななんていう感じで、深い意味はないんです。真ん中の奴が痩せていたので、そいつを俺たちが挟むという意味も少しありました。

 


『仙商(仙台市立商業高等学校)時代の思い出』
聞き手
 お二人は仙商出身だということですが、思い出をお伺いしたいのですが、富澤さんからみて伊達さんはどんな感じの人でしたか。
富澤さん
 悪い友達がいっぱいいるけど、自分はそこまで悪くないというポジションの人でした。人気者でした。
聞き手
 ケンカには参加しないけれども、悪い友達はいっぱいいるという感じですか。
富澤さん
 そうです。
聞き手
 伊達さんからみて富澤さんは。
伊達さん
 一匹狼でした。団体行動は苦手でしたが、みんなから一目置かれていました。リーゼントだったので。何を考えているのか分からない人でしたね、昔から。
聞き手
 でも、ラグビーは団体スポーツですよね。
伊達さん
 そうですけど、当時のラグビー部は弱かったんで、ボールにほとんど触れなかったんです。
富澤さん
 ポジション的にも、あまり触るところではなかったんです。
伊達さん
 人とはぶつかるんですけど、団体競技とは思っていなかったですね。
聞き手
 お二人が通われている頃は広瀬川の近くの校舎でしたが、ラグビー部に関連して広瀬川の思い出、エピソードなどはありますか。
伊達さん
 ラグビー部の練習を広瀬川の河川敷でやってたんですよ。仙商から澱橋を尚絅女学院の方に渡って、左に降りたところの河川敷でずっと練習していたんです。蚊に刺されながら。そして疲れたら座って広瀬川を見る…そんなことをやってましたね。
聞き手
 広瀬川に落ちてしまったりしたことは、ありますか。
伊達さん
 ボールがよく川に落ちたなぁ。流れましたよ。それを誰かがずぶ濡れになって取りに行ったりとかはよくありました。
聞き手
 罰ゲームとかですか。
伊達さん
 いいえ。取りに行く奴は一人、いつも決まってましたね。
聞き手
 お二人にとって、広瀬川の印象はどういう感じですか。
伊達さん
 広瀬川は仙台の代名詞でもあり、仙台を離れていると時折広瀬川を見たい気持ちになります。大町の派出所から青葉城に行く大橋ありますよね。あそこから、赤門に向かって見る景色はすごくいいと思います。絵葉書みたいですよ。仙台に帰ってきたな〜と思います。あの辺はラグビー部で走っていたので思い出しますね。
 仕事で東北放送へ行く時あそこを通るんですが、必ず見てしまいますね、広瀬川を。
富澤さん
 離れると仙台の良さを感じます。
聞き手
 ちなみに、仙台の良さとはどんなところですか。
富澤さん
 食べ物もそうですが、景色の良さだったり、人間もそうです。離れてみてそう感じます。
聞き手
 広瀬川と限らず、川と聞くとまず何を思いますか。
伊達さん
 芋煮です。
富澤さん
 釣りですかね。
伊達さん
 お前、釣りしたことね〜だろ。(笑)
聞き手
 広瀬川の芋煮は風物詩になっています。釣りに関してはアユが上ってくるところでもあるので、7月の解禁以降は釣り人ですごく賑わいます。
伊達さん
 芋煮会はよくやりましたね。ラグビー部でもやったりしました。
聞き手
 先ほどちらっと聞いたら、広瀬川には悪いことをしに行った人たちもいたそうですが。
富澤さん
 隠れてタバコを吸う人たちには、良いところだったみたいですね。
聞き手
 私達の仕事として、両岸の自然環境を守るということもやっていて、木を切らないようにする活動などもしているのですが、あまり木があるとそういう人が増えてしまうかな…。
 伊達さん、富澤さんは泉区のご出身ということですが、泉区の方の川といいますと、七北田川がありますね。
伊達さん
 黒松団地の下のところに、仙台川というのもありますよね。
聞き手
 伊達さんは子どもの頃、ゲームなどで遊ぶより、外で遊ぶのが好きだったそうですね。川で遊んだり、虫取りをしたという思い出はありますか。
伊達さん
 川遊びはよくしましたね。それが七北田川だったか、どこの川だったのかは忘れましが、宮城じゃなかったのかもしれませんね。
聞き手
 石巻とか大阪にも居ましたよね。
伊達さん
 はい、大阪にもいました。親父が海よりも山が好きだったんで、川遊びはよくしました。親父が川辺で料理をしてくれて、僕と弟は川に入って遊んだりしてました。川はシャワーいらずですからね。
聞き手
 海だと体に付いた塩水を流さないといけないですからね。
伊達さん
 そうですね。砂も付くしね。東京でも行くよな。
富澤さん
 今は夏でも海よりも川に行って、バーベキューをしたりとかしますね。
伊達さん
 東京でも多摩川なんかはきれいなんですよ。
聞き手
 東京の川にもサケが遡上しているらしいですよ。水質などが改善されているんでしょうね。広瀬川も今、サケが上ってきているんですよ。
伊達さん・富澤さん
 えー、そうなんですか。すごいですねー。
伊達さん
 広瀬川って青葉城の外堀の役目もしていましたよね。うちのずっと昔の本家は、広瀬川の内側、青葉城寄りに家があったらしいんです。広瀬川を挟んで内か外かで位が分かれているという風に聞いてましたよ。川内の仙商のあった辺りが僕の家の本家があったらしいんです。
聞き手
 富澤さんの方は、何か川での思い出はありますか。
富澤さん
 こう見えて、小さい頃は一人で魚を捕りに行ってました。亀とか取っていましたよ。
聞き手
 川に亀がいるんですか。
富澤さん
 はい。びっくりしました。いっぱい取りました。それは新潟でしたけどね。
聞き手
 「敗者復活 サンドウィッチマン」を読んだら、ザリガニの詩を書かれていましたね。
富澤さん
 はい。ザリガニ釣りもよくやりましたよ。
聞き手
 ザリガニ釣りはどんな風にするんですか。
富澤さん
 スルメにヒモを吊してやるんです。
聞き手
 食べるんですか。(笑)
富澤さん
 食べることはしないですけれど。
伊達さん
 野球部の部室に逃がしたりして。


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