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広瀬川散策エッセイ vol.3-2 雪をかぶる中流、三居沢から米ヶ袋まで

フリーライター/西大立目祥子さん

中流の崖と蛇行をたどる

中心部を流れる広瀬川中流の魅力は、鋭い蛇行と川岸に切り立つ崖だと思う。岸辺をゆっくりと歩き、ときには川原に下りて流れの方向を確かめ、見上げるような崖面を味わうのがおすすめだ。

川岸に浮かぶカモ

【川岸に浮かぶカモ】流れに乗ってすべるように泳いでは、ときおり頭を水にもぐらせるカモ。ユーモラスな姿は眺めていて飽きない。

寒さのゆるんだ日に、米ヶ袋から大橋までを歩いてみた。
米ヶ袋には「縛地蔵」という小さなお堂があって、縄の巻かれたお地蔵さんが祀られている。伊達家のお家騒動にちなむ地蔵ともいわれている。ここから川原に下りて川岸を県立工業高校の方へと歩けば、だれもが垂直に立つ崖の高さと連なりに驚くのではないだろうか。巨大な石の回廊のように崖は続いていて、その下を流れる川は岸が凍り付いている。きびしい冬の風景を和ませるのは、ときおり水に頭を突っ込んで餌を探す何羽ものカモたちだ。

経ヶ峯の崖

【経ヶ峯の崖】右手に経ヶ峯の崖を見ながら、評定河原橋を望む。中流に市街地がある仙台ならではの風景。

犬を散歩させる人とすれ違う。遊歩道には「吉田さん思い出ベンチ」とプレートが掛けられたベンチがあった。米ヶ袋にゆかりのあった人をしのぶために置いたのだろう。川辺は、過ぎ去った時間やなつかしいだれかを思い起こすのにふさわしい。ゆったりとした流れが、静かでやさしい気持ちをつくり出してくれるのだろうか。
霊屋橋を渡り、瑞鳳殿前を通り過ぎて評定河原橋を渡った。橋の下に延びる「花壇」の先へと通じる道は、蛇行する広瀬川と瑞鳳殿のある経ヶ峯の崖を満喫できる大パノラマである。

花壇の川原

【花壇の川原】ごろごろと川原の石が続く、その向こう側を、勢いよく水が流れる。花壇南端の川原。

先端にある花壇自動車学校の端から下りて、川原を横切り水際まで近づいてみた。角のとれた、ちょうど手のひらに乗る位の大きさの石がびっしりと積み重なり、その間を雪が埋めて美しい紋様を作りだしている。対岸の「追廻」は思いのほか近く、根こそぎ倒れそのまま流されてきたような木が2本、目の前にあった。川石の上を勢いよく流れてくる水を見ていて、「生きている川」ということばが浮かんだ。雪で水かさが増えれば、刻一刻、生き物のように川の流れも石の川原も変化するに違いない。

大橋を望む

【大橋を望む】花壇の西側から大橋を望む。青い川の向こうに大橋、そして遠くの山並みが美しい。

花壇の西側には、橋へと通じる細い道が延びている。その道に下りる階段のわきには、「銭形不動尊」というお堂がある。政宗がつくった仙台藩の通貨鋳造ゆかりのお不動さんといわれている。そこからまっすぐ大橋をめざして歩いた。端正な表情の大橋の上に、雪をかぶった泉ヶ岳が輝いている。

 

キリシタン殉教碑

【キリシタン殉教碑】中央で手を広げるのがカルヴァリオ神父だという。記念碑は1971年に建立された。

何となく引き寄せられて、大橋のたもとのキリシタン殉教碑の前に立つ。ここで、ポルトガル人宣教師カルヴァリヨ以下9人が水責めの刑で殉教したのは元和9年(1624)、全国にキリスト教禁止令が出されて13年後のことだった。厳寒の2月18日(太陽暦)の処刑で二人が寒さに耐えかねて死去、続く22日に再び刑は行われ「ころばず(改宗せず)」とことばを残し、残り7人が亡くなった。ちょうど380年前の冬の日のことだ。きっとその日、いまより水かさの多い川は、青く沈んだ色をたたえて流れていたただろう。

広瀬川は、この仙台というまちで起きた出来事をじっと見続けてきた川だ。広瀬川はこちらから近づき思いを重ねない限り何も話しかけてはくれないけれど。

 

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