私の広瀬川インタビュー
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日時:平成24年2月14日(火)
場所:仙台ビジネスホテル
聞き手:吉川登(仙台市建設局広瀬川創生室)


第1回
“本間ちゃん”の愛称の由来は業界用語
2012.3.21
第2回 2012.3.22
第3回 2012.3.23
第4回 2012.3.26
第5回 2012.3.27
第6回 2012.3.28
第7回 2012.3.29
第8回 2012.3.30

1.“本間ちゃん”の愛称の由来は業界用語

聞き手

まずは、本間ちゃんの子どもの頃のお話から聞かせてください。
牡鹿町のご出身とうかがっています。
どんな環境で過ごされたのでしょうか?

本間ちゃん

今は石巻市鮎川ですね。
宮城県の東のはずれの牡鹿半島の最先端なので、
自然と一緒に育った感じです。
釣りをしたり、野球場がありませんでしたから
空き地を見つけては野球をやったり、
ちょっと規模が大きくなりますが、
山を半分使って陣取りをやったりしていました。

聞き手

ずいぶん壮大なスケールの遊びですね。

本間ちゃん

やっぱり自然の中で遊ぶ事が多かったですね。
木の上に基地を作ったり。

聞き手

木の上の基地は子どもの憧れですよね。

本間ちゃん

防空壕を探検して怒られたりもしました。

聞き手

子どもの頃から愛称は“本間ちゃん”でしたか?

本間ちゃん

それは違います(笑)。
仙台放送にいる当時のプロデューサーから
“本間ちゃん”と呼ばれていました。
この“ちゃん”を付けるのは業界用語なんです。
昔、番組にそのまま“本間ちゃん”で出たことがきっかけですが、
親しみを込めて“本間ちゃん”と呼んでもらえるので、
良かったと思います。

聞き手

呼びやすいですよね。
でも、そう言われると、
確かに業界っぽいですね。

写真:“ちゃん”を付けるのは業界用語なんです

聞き手

地区の名前が“鮎川“ですが、
鮎は遡上してきたのでしょうか?

本間ちゃん

昔は鮎やサケが遡上してきたようですけど、
僕らが子どもの頃は高度成長期だったので
工業用排水などで川が汚れていたんですね。
そういった排水を流さなくなってからは
随分水がキレイになって、
中学生位の時にはウナギが戻ってきたりしました。※

聞き手

広瀬川にも鮎やサケが遡上してきます。
流域に住んでいても
サケの遡上を知らない方が多いようですが、
本間ちゃんはご存知ですか?

本間ちゃん

ええ、もちろん。
ただ、その場で獲ったり、
食べたりする訳にはいきませんけどね。

聞き手

広瀬川市民会議という市民団体は、
広瀬川サケプロジェクト」の名称で、
サケの観察会や稚魚の飼育、放流などを実施していて、
仙台市役所1階のほか約30箇所に水槽を置いて
サケの稚魚を展示しています。

写真:市役所本庁舎1階サケ水槽写真:市役所本庁舎1階サケ水槽

本間ちゃん

小さいのにちゃんとサケの顔をしているんですよね。

聞き手

機会がありましたら、是非ご覧下さい。




※参考までに、仙台市の広瀬川においては昭和49年に「広瀬川の清流を守る条例」を制定しています。
  広瀬川の水質はもちろん、広瀬川をとりまく環境についても定めた、全国でも先進的な条例です。


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